第14話 砂原さん、〇〇ですから

 翌日、社内メールで太田を呼び出した。


 会社の非常階段。誰かに見られたら、きっと、麻衣が太田に告白しているところだと思われるだろう。面白がって噂にはされるだろうけど、独身の男と女のことならそれ以上の白い目で見られることはない。


「どうしたの?急に。びっくりしたよ」


太田は、約束の時間ぴったりに現れた。


「これ、太田さんに渡そうと思って」


 単刀直入に言い、麻衣はカバンの中からチケットを取り出した。


 文具博の一般枠チケット2枚。ネットで調べまくっても見つからなくて、主催者まで直接問い合わせて残り僅かな中からようやく手に入れたプラチナチケットだ。


 後ろ髪を引かれるような思いでそのチケットを太田に渡した。


「文具博?」


 太田は明らかに関心なさそうに、チケットをパタパタと振った。


「砂原さんが行きたがってたやつです。誘ってあげたら喜ぶと思いますよ」


「ほんとに?」


 太田の顔がパッと輝く。チケットを両手に持ち直し、まじまじと見た。


「渋いね。砂原さんてこんなの好きなんだ」


 こんなので悪かったな。それ、私だって行きたいんですけど。苦労して手に入れたんですけど。そんな言葉は仮面に貼り付けた笑顔で飲み込み、その代わりに皮肉を加えた。


「筆記用具とか、ノートとか、いいの使ってますよ。砂原さんのこと好きなのに、そんなことにも気がついてなかったんですか?」


他部署だし、そんなの、気が付く機会も無いけど。


「ああ、そうだよね。そういう所に気が付かないからダメなんだよなあ」


 太田は麻衣の皮肉にも全く気がつかず、困ったような顔で笑った。眉が下がって間抜けな顔になる。普段が整った顔立ちだから、ギャップがすごい。思わず笑ってしまった。悔しいけどそんなに悪い人じゃないのかも。性格悪いのは自分の方か。今の皮肉をちょっと後悔した。


「でもどうして?」

「はい?」

「どうしてこれを僕にくれるの?この間は随分と僕のこと嫌ってたみたいだったけど」


「嫌ってなんかないですよ」


「悪口言ってたじゃない」


「太田さんじゃなくて、砂原さんの悪口言ってたと思いますけど、私」


「僕が彼女に近づかないように警戒してたんでしょ?大事な先輩に悪い虫はつけたくなかった?」


くりくりした目でこっちを見る。作戦なのか、天然か。麻衣はため息をついた。


「太田さん、私が思いっきり砂原さんの悪口言っても動じないから。だからいいかなと思ったんです」


「杉谷さんの審査に、僕は合格したわけだ」


「… そういうことで。じゃあ、頑張ってください」


その場を立ち去りかけて、麻衣は足を止めた。


「それから。砂原さん、甘いもの嫌いですから。何か食べに行くときは配慮してあげてください」


「えっ?そうなの!?えっ?嘘!この前あげちゃったじゃん」


焦った様子の太田を置いて、麻衣は今度こそその場を後にした。

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