第12話 砂原さんってさ
真っ直ぐ帰る気になれなくて、カフェに寄った。
フラペチーノのクリーム増量を頼んだのに、多分、これは普通量のままだ。だが、はっきり違うと言えるものでもないから、文句も言えない。
気分転換のつもりが、余計なモヤモヤを抱え込んでしまった。どうも今日は何をやってもうまくいかない。
フラペチーノをストローで一気に吸い上げる。甘くて、美味い。
砂原さんはこんなものを絶対に頼まないだろうなあと考え…ついでに、眉をひそめたさっきの砂原さんの顔が頭の中に浮かんできた。胸がぎゅっと引き絞られるように痛む。腹立たしいような、もどかしいような感情も渦巻いて、自分の感情がよくつかめない。
その時、見た顔がトレーを片手に階段を上がってくるのが見えた。
「げ」
太田だった。
きょろきょろと周囲を見回していたが、麻衣の姿を認めると、にこりと微笑んだ。
悲しいかな染み込んだ大人としての習性で、麻衣も反射的にぎこちない微笑みを返してしまう。それを何の合図ととったのか、太田は真っ直ぐ麻衣の方へと進んできた。
げ。
今度は心の中で、麻衣は呟いた。
「ここ、いい?」
太田は麻衣の向かいに、ほとんどもうトレーを置きながら尋ねた。他にいくらでも席は空いているのに。
「どうぞ」
仕方なく麻衣は答えた。太田は何のためらいもなく席につき、麻衣を見た。
目が合うと再び軽く微笑む。自分が拒否されるとは、かけらも想像していない人間の顔だ。
麻衣はフラペチーノをすするストロー越しに、ちらちらと太田の顔を見た。目と眉の間隔が近いなあ、と思う。いわゆる美形の人間は、だいたいここの間隔が近い気がする。それで目元の彫りが深くて…うわあ、まつ毛、長!
これはたしかにモテるだろう。砂原さんだって…。そうだ、砂原さんだって、太田から差し出された菓子なら食べるのだ。あの砂原さんが。
何かがちくりとした。ああ、そうか。もしかしたら。
「明日までの支払い、大丈夫だったんですか?」
「ああ。砂原さんに頑張ってもらったおかげでね。もう無事に決済も降りて。おかげで、フェアもうまくいきそうだよ」
「そうですか、よかったです」
ちっとも良くない口調でそう言うと、フラペチーノの残りを全部勢いよく吸い上げた。顔を上げると、太田が麻衣の方をじっと見ていた。
目が合うと、不自然な様子でさっと目を逸らす。
そして何か言いたそうにちらちらとこちらを見る。
なんだろう。最後吸い上げるとき、ズッと音を立ててしまったのが品がないと思われたのか。
どうやらそうでもなさそうだ。いつもの太田らしくもなく、(と言ってもいつもの太田をそんなに知っているわけではないが)もじもじとためらいながら…心なしか、頬と耳の先が赤らんでいる。
これは。
ぴんときた。もしかして。
じっと太田の顔を見る。太田はさっと目を逸らした。耳の先の赤みがさっきより強くなっている。
…まちがいない。
迂闊だった。その線は全く考えていなかった。
この人は…麻衣のことが好きなのだ。
なぜ?どうして? 太田くらい人気のある人なら、他にいくらでもいい相手がいるだろうに。
だが、そういうモテてかっこいい人ほど、実は意外に庶民的で親しみやすいのを好む傾向があるとかないとか。だいたい、太田との接点なんて、そんなにあったっけ。
いや、ない。少なくとも最近までは全然なかった。
まさか麻衣のことが好きだなんて全く想像もしていなかった。イケメンだからと毛嫌いしていて申し訳なかったかも。
この雰囲気は、告白でもしてくるつもりだろうか。
どうしよう。これだけ人気のある太田のことだ。もしOKなんかしたら、妬みとか、嫌がらせとかあったりするんだろうか。って、OKするつもりか?自分。あんなにけちょんけちょんに言ってたくせに。心の中でだけど。
でももし、太田と付き合うことになったら、ちょっと自慢にはなるかも。いや、ないな。イケメンだけど麻衣のタイプではないし。
そんなことを取り止めもなく考えている最中、突然、フラッシュのように麻衣の脳裏にある映像が浮かんだ。
その映像の中で、砂原さんが、はにかみ気味に甘い菓子を口にしていた。
「砂原さん…ってさ」
「はい!?」
心の中をのぞかれたかと思って、ドキッとした。
「砂原さんって、付き合ってる人とかいるのかな」
驚いて太田の顔を見てしまう。太田はマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、視線を窓の方へと少しずらした。
頬をわずかに紅潮させ、はにかみ気味に唇をかむ表情が砂原さんと重なる。
ああ、そういうことか。
自分の鈍感さと勘違いに顔から火が出そうになる。よかった、何か口に出すで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます