第6話 さすが、砂原さん
「くるくる…パフ、ですか?」
「うん、くるくるパフ。食べてみて、感想聞かせて」
麻衣は、開発部の担当者から差し出されたトレーから、その菓子を一つとり、口に運んだ。
「美味しい。サクサクしてて。今までのうちのにはあまりないタイプですね」
「そうでしょ。自信作なの。あ、砂原さんもひとつお願いします」
「いえ、私は。甘いものはダメなので」
「そうでしたね…」
安定の砂原さんだった。少しくらい食べてあげればいいのに。砂原さんは絶対に自分を曲げない。開発担当者の眉が淋しそうに下がった。
「美味しかったです。もう一個もらっていいですか?」
無愛想な先輩の分は後輩がカバーする、というわけでもないけれど。
開発担当者の顔がほころんだ。
「良かった。今度のは行けるんじゃないかって、社長も気合い入ってて」
「ヒットするといいですね」
国民的に親しまれている大松製菓では、ロングセラー商品が多い。放っておいても売れて、お金を稼いできてくれる製品の(と言っても、「変わらぬ味」を保つためには人知れず、絶え間ないリサーチやマイナーチェンジを繰り返しているということを、麻衣も入社して初めて知ったのだが)サイズやパッケージを変えたり、新味を追加したり、他社とコラボをしたりといった小幅な改変が企画開発の主な仕事だ。だが、会社としては、それだけにとどまらず、全く新しい製品を出したいという野望は捨てていないらしい。特に数年前に就任した新社長は新製品の開発に熱心で(今の定番商品は全て先代以前の社長の代で開発されたものなのがあまり面白くないらしい)毎年のように、全く新しい新製品を出しているのだが、これが、なかなかうまくいかない。
それなりの伝統も技術力もある大松のこと、全くダメということはないのだが「そこそこ」にしか売れないのである。「そこそこ」の製品ではこの、ライバルがひしめくお菓子業界ではスーパーなど小売店の棚に置かせてもらうことすらできない。
今度こそ、次の定番となるヒット商品にしたいと、社長もその周辺も、今回は今まで以上に力が入っているらしい。
「今回はプロモーションも大々的にやるらしいので、経理の方にも、色々お世話になると思いますがよろしくお願いします」
「もちろんです」
その言葉通り、プロモーションは例年にない規模のものとなり、全国各地で行われるイベントの予算や経費の処理や、全国の販売店周りの営業社員たちの出張費の手続きなど、経理部の仕事もにわかに忙しくなった。
それだけではない。本社で大きな販促イベントを開催することになり、営業以外の関節部門の人間も駆り出されることになったのだ。経理部員ももちろん例外ではない。
「こんにちは!大松製菓の新製品、新感覚のくるくるパフ、試食&抽選会やってます!是非お立ち寄りください!」
麻衣は、イベント会場の入り口で、よく通る大きな声を張り上げた。
休日の繁華街、人通りの多い交差点である。
販促イベントのために借りたイベントスペースは、少し奥まっていて、そのままでは見過ごされてしまいがちなので、麻衣と砂原さんとでさっきからずっと呼び込みを続けている。
通りを歩いていた家族連れが、その声を聞いて立ち止まった。
「試食って、タダでもらえるんですか?」
「もちろんです。他にも豪華景品が当たるハズレなし抽選もありますよ。どうぞ、奥の方へ」
麻衣はすかさずチラシを渡し、会場の方を示す。立ち止まった家族は、麻衣に促されるように、会場内に吸い込まれていった。
「よし、またひと組獲得」
二人の…主に麻衣の活躍もあってイベントは盛況である。
満面の営業スマイルを浮かべた麻衣のとなりで、砂原さんが居心地悪そうに立っていた。
「杉谷さんは得意そうね、こういうの」
砂原さんが麻衣を見ながらため息をつく。
「できればこういうのより、中の受付とか、集計とかの方がよかったんだけど」
「大丈夫ですよ。ここは私がやりますから。今はお客さんもそんなにいないし、砂原さんは休んでてください」
「そういうわけにはいかないわ。これも仕事なんだから」
意外に負けず嫌いなのか、砂原さんは唇をキュッとかみしめると、大きく息を吸い込んだ。
「新製品の試食会をやってます!どうぞお立ち寄りください」
真剣みがありすぎて、お客さんがなんとなく怖がっている感じがする。麻衣はクスッと笑った。
「さすが、経理部の砂原さん」
もちろん、砂原さん本人には聞こえない音量でそうつぶやいた。
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