第35話

───────





「ねぇ龍成、名前で呼んでよ」


「……」


「お前じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで?」


「…なんで」


「特別な気がするから」





『あいつはわたしのこと、一度だって名前で呼んだことがなかった。』





「……」


「…龍成?」


「……ミウ」


「ふふ。嬉しい。龍成、好きだよ。一番好き」


「…俺も。好きだよ、ミウ」


「んっ…。…っ、……っ、あ……」





──ふとした時、あの人を思い出す。



幼少期の少ない思い出だからか、強烈だったからなのか。



思い出したところで何にもならないのに、悔しいほど忘れることができない。今の俺にはどうでもいいことだとわかっているくせに。



この頃から、『母さん』を『麻友ちゃん』と呼ぶようになった。



母親と認めていないから、なんて気持ちは一切なく、麻友ちゃんもそれは理解していたのか、口を出すことはなかった。



自分自身で消化しきれない感情。心の奥底にしまい込み、遊びながらも高校、大学は卒業した。これ以上勉強なんてごめんだから。



俺が必要とされているのは「親父の後継」だから。


それなら、跡継ぎに相応しくない器になればいい。



だから週刊誌にボロクソに書かれてもありがたいと思えた。



親父の会社を継ぐ気はない。かと言って他で働く気も、大学院に行く気もサラサラなく、ただ遊ぶことに全力になった。



何かに夢中になることも、本気になることも、俺にとっては無意味で馬鹿らしさを覚えた。



そのくせ、周りのヤツらが無性に輝いて見えた。



捻くれていることを自覚しつつ、「今が良ければいい」と、未来を切り捨てた。



その未来に、自分の運命を変える出逢いがあるなんて、当時の俺はチリ程も思わなかった。

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