第1話:自由への旅路と最初の面倒事
さて、と。
俺は大きく伸びをして、背嚢の位置を直した。
王都の城門をくぐり抜けてしばらく、街道を歩いている。振り返っても、もうあの壮麗(だけど窮屈)な王都の姿は見えない。視界に広がるのは、どこまでも続く緑の草原と、遠くにかすむ山々。そして、どこまでも高い、抜けるような青空だ。
いやー、最高! マジで解放感ハンパない!
数年ぶりに感じる、しがらみのない自由。誰に気を遣う必要もなく、ただ自分の足で、自分の行きたい場所へ向かう。これだよ、これ! 俺が求めていたのは!
「ふふ、ふふふふ…」
思わず笑いがこみ上げてくる。道行く商人や旅人が怪訝な顔で俺を見ている気もするが、知ったこっちゃない。今の俺は気分がいいのだ。
目指すは辺境の村『オリーブ』。王都からだと馬車でも数週間はかかる距離だ。まあ、急ぐ旅でもないし、道中の景色でも楽しみながら、のんびり行くとしよう。隠居ライフのスタートとしては、これ以上ない滑り出しだ。
…と、思っていた時期が俺にもありました。
街道が少し森がかったエリアに差し掛かったあたりだったか。道の両脇から、ガサガサッと物音を立てて、見るからにガラの悪い連中が飛び出してきた。全部で…五人か。汚れた革鎧に、錆びついた剣や斧。テンプレ通りの追いはぎさんご一行様である。
「へっへっへ、兄ちゃん、一人旅かい? 少しばかし、身ぐるみ置いてってもらおうか」
リーダー格と思しき、顔に傷のある男が下卑た笑いを浮かべて言ってくる。他の四人もニヤニヤしながら俺を取り囲むように位置取った。連携は取れているようで、逃げ道はしっかり塞がれている。
(うわー…出たよ、面倒くさいのが…)
俺は内心、深いため息をついた。せっかくのんびり隠居ライフを満喫しようって矢先に、これである。正直、魔法を使えば一瞬で終わる。それこそ、指パッチン一で倒せるだろう。
だが、ダメだ。絶対にダメ。
魔法、特に俺レベルの力を使うと、後が面倒くさいことになるのは目に見えている。魔力の痕跡から足がついたり、万が一誰かに見られたりしたら、「謎の凄腕魔法使い出現!」なんて噂が立つかもしれない。そうなったら、俺の平穏な隠居生活計画は始める前から頓挫だ。それは絶対に避けたい。
つまり、ここは魔法を使わずに切り抜ける必要があるわけだ。
「…あのー、俺、金目のものなんて持ってませんけど?」
俺はわざと困ったような、少し怯えたような表情を作って言ってみる。まあ、演技だけど。手切れ金としてもらった小銭くらいはあるが、くれてやるつもりは毛頭ない。
「嘘つけ! そのバックに色々詰まってるじゃねえか!」
「ほら、さっさと差し出せ! 痛い目見たくなかったらな!」
男たちが威嚇するように武器をちらつかせる。ふむ、脅し文句もテンプレ通りか。
芸がないな。
さて、どうしたものか。
俺は周囲を素早く観察する。足元は少しぬかるんでいて、木の根が複雑に張り出している。森の中は薄暗く、視界もあまり良くない。追いはぎたちの装備は貧弱で、動きも洗練されているとは言えない。リーダー格の男は前に出ているが、他の四人はやや距離を取っている。おそらく、リーダーが一番腕に自信があって、他はおまけみたいなものだろう。
よし、決めた。
「いや、本当に持ってないんですよ。見てくださいよ、この貧相なナリを。元パーティからも『役立たず』って追い出されたばかりで…」
俺はさらに情けない声色で訴えかける。追いはぎたちは「なんだ、こいつ雑魚か」とでも思ったのか、少しだけ警戒を解いたように見えた。よしよし、油断したな。
その瞬間、俺は近くに転がっていた手頃な石を拾い上げ、リーダー格の男のすぐ横にある木の幹に向かって、全力で投げつけた。
カァン!
鋭い音が森に響き渡る。
「
「なんだ!?」
追いはぎたちの意識が一瞬、そちらに向いた。
その隙を見逃さない。
俺はリーダー格の男に向かって突進――するフリをして、急に方向転換。足場の悪い、木の根が密集している方向へと駆け出した。
「なっ!? 待ちやがれ!」
リーダー格の男が慌てて追いかけてくる。他の四人もそれに続こうとするが、
「うわっ!」
「おっと!」
案の定、二、三人が木の根に足を取られて派手に転んだ。よし、まずは二人脱落。
リーダー格の男はさすがに足腰がしっかりしているのか、転ばずに追いかけてくる。だが、俺はさらに彼らを混乱させるために、叫んだ。
「うわー! 助けてくれー! こっちにも仲間がいるんだぞ!」
もちろん、ハッタリだ。俺の仲間なんていやしない。
だが、効果はあったらしい。
「ちっ、伏兵か!?」
リーダー格の男が一瞬、動きを止めて周囲を警戒する。その隙に、俺はさらに奥へ。そして、足元に注意しながら、わざと不安定そうな地面を選んで走る。
「この野郎…!」
リーダー格の男も必死に追ってくるが、焦りからか足元への注意が散漫になっている。そして…
「ぐえっ!?」
狙い通り、ぬかるみに足を取られてバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。泥まみれである。ざまあ。
残りの追いはぎは、転んだ仲間と泥まみれのリーダーを見て、完全に戦意を喪失したようだ。顔を見合わせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「…ふぅ」
俺は息を整え、服についた泥を軽く払う。まあ、こんなものか。魔法を使わずに済んだし、怪我人も(たぶん)出ていない。最小限の労力で済んだと言えるだろう。
「やれやれ…やっぱり面倒事は避けたいもんだな」
追いはぎたちが落としていった錆びた剣を一瞥し、俺は再び街道に戻った。
さあ、気を取り直して辺境を目指そう。俺の理想の隠居ライフは、まだ始まったばかりなのだから。今度こそ、何事もなく目的地に着けることを祈りつつ、俺は歩き出した。空には、さっきと変わらない青空が広がっていた。
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