第3話 準備と試練

朝もやの立ち込める中、修造は早くも商店街を歩いていた。「わくわく商店街祭り」の準備が本格的に始まる日だ。頭の中では次々とアイデアが浮かんでは消えていく。各店舗を回りながら、準備の進捗を確認し、必要なアドバイスを与えていく計画だ。


最初に訪れたのは、八百屋の橘青果だった。ゆかりは既に店の前で、新鮮な野菜を丁寧に並べていた。その姿を見て、修造は昔、すでにホームレスである当時にゆかりからもらった野菜のことを思い出した。


「おはようございます、橘さん。準備は順調ですか?」


ゆかりは少し疲れた様子だったが、笑顔で答えた。「ああ、修造さん。おはよう。ええ、なんとかね。でも、祭り用の特別メニューがまだ決まらなくて...」


修造は真剣な表情で考え込んだ。ゆかりの八百屋の強みは、何と言っても新鮮な地元の野菜だ。それを最大限に活かせるものは...


「そうですね...あ、どうでしょう。地元の野菜を使った『ベジタブルブーケ』はどうですか?見た目も華やかで、健康志向の人にも喜ばれそうです。花束のように野菜を組み合わせて、食べられる芸術作品にするんです」


ゆかりの目が輝いた。「まあ、それ素敵ね!さっそく試作してみましょう」


二人で相談しながら、カラフルな野菜を選び、アレンジを始めた。キャベツやレタスを花びらに見立て、ニンジンやアスパラガスを茎に。トマトやパプリカで色とりどりのアクセントをつけていく。


完成したベジタブルブーケは、まさに食べられる芸術品だった。ゆかりは満足げに微笑んだ。「これなら、きっとお客さんの目を引くわ。ありがとう、修造さん」


次に向かったのは、和菓子屋の松風堂だ。店主の松田は新作和菓子の試作に没頭していた。額には汗が浮かび、真剣な表情で生地を練っている。


「松田さん、おはようございます。進み具合はいかがですか?」


松田は少し疲れた様子で顔を上げた。「ああ、修造君か。おはよう。うーん、なかなか納得いくものができなくてね。季節感を出しつつ、新しさも加えたいんだが...」


修造は作業台の上に並ぶ和菓子を見ながら、しばらく考えていた。そして、ふと閃いたように言った。


「この『春の息吹』という和菓子、形を少し変えてみてはどうでしょう?今は丸い形ですが、桜の花びらのような形にすれば、より季節感が出るかもしれません。中の餡も、桜餡と抹茶餡を渦巻き状に入れれば、見た目も美しくなりそうです」


松田は目を丸くした。「おや、なるほど!それは良いアイデアだ。伝統と革新の融合か...さっそく試してみよう」


二人で協力しながら、新しい和菓子の形を模索していく。何度か失敗もあったが、次第に理想の形に近づいていった。


昼過ぎ、修造は広場の設営を手伝っていた。大きな舞台を組み立て、露店の配置を決めていく。しかし、ここで予想外の問題が発生した。準備していた舞台の部材が足りないのだ。


「困ったな...」修造は頭を抱えた。舞台がなければ、パフォーマンスや音楽ライブの計画が台無しになってしまう。しかし、すぐに閃いた。「そうだ、佐藤さんの雑貨店にあった木製の箱、あれを使えば舞台の装飾になるかも。高さも出せるし、ディスプレイとしても使える」


修造は急いで雑貨店「ハピネス」に向かった。店主の佐藤美咲に事情を説明すると、彼女は快く協力してくれた。


「もちろん、使ってください。お祭りを盛り上げるためなら、喜んで協力するわ」


木製の箱を運び出し、舞台の両脇に積み上げていく。すると、思いがけないほど素敵な舞台セットが完成した。箱の中にライトを置けば、幻想的な雰囲気も演出できそうだ。


「予想以上にいい感じじゃな」修造は満足げに笑った。


夕方になると、修造は疲れた様子の店主たちを広場に集めた。皆、一日中の準備で汗だくだ。


「皆さん、今日も一日お疲れ様でした。準備は大変だと思いますが、少しずつ形になってきていますね。ここまでくれば、十分に当日を迎えられます」


しかし、黒崎が不安そうに口を開いた。「でも、修造...本当にお客さんは来てくれるのかな。最近の商店街の状況を考えると...」


その言葉に、他の店主たちも不安そうな表情を浮かべた。確かに、ここ数年の商店街の衰退ぶりを考えれば、その不安も無理はない。


修造は深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。「皆さん、確かに不安なのはよく分かります。私だって、正直なところ、全てが上手くいくとは限らないと思っています」


一瞬、場の空気が重くなった。しかし、修造は続けた。


「でも、考えてみてください。この数日間、私たちは何をしてきたでしょうか。橘さんは新鮮な野菜を使った斬新なメニューを考え、松田さんは伝統と革新を融合させた和菓子を作り上げました。佐藤さんは自分の商品を提供して、みんなで素敵な舞台を作りました」


修造は一人一人の顔を見ながら話を続けた。


「私たちは、自分たちの得意なことを持ち寄って、この祭りを作り上げてきたんです。そこには、お客さんに喜んでもらいたい、この商店街を盛り上げたいという思いが詰まっています。その思いは、きっとお客さんに伝わるはずです」


店主たちの表情が、少しずつ和らいでいく。


「それに、私たちにはまだ秘密兵器があります。それは、皆さんの人柄です。お客さんとの温かいふれあい、それこそが大型ショッピングモールにはない、この商店街の強みなんです」


黒崎が小さく頷いた。「そうだな...確かに、よくお客さんと友達になるのは、大型店ではできないことだ」


修造は力強く締めくくった。「だから、自信を持ちましょう。私たちの思いと努力は、必ずお客さんに届くはずです。明日は宣伝活動に力を入れます。チラシを配ったり、SNSで情報を拡散したり。皆さんのお知り合いにも声をかけてください。きっと、素晴らしい祭りになりますよ」


その言葉に、店主たちの表情が明るくなっていった。希望の光が、少しずつ広がっていくのが感じられた。


夜、修造は自分の寝床に戻りながら、今日の出来事を振り返っていた。準備は順調に進んでいるものの、まだまだ課題は多い。明日の宣伝活動が鍵を握るだろう。


「みんなの笑顔のために、もう少し頑張ろう」


そう心に誓いながら、修造は静かに目を閉じた。そして、その先には、きっと素晴らしい未来が広がっているはずだ。


ーーー

次回、「宣伝と期待」

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