第64話

幸坂先生たちが立ち止まっていた、隣の教室の前の廊下とはそこそこ距離があったけれど、先生の表情が分かるくらいには近かった。


幸坂先生は、男の人なのに色っぽいという言葉を使いたくなる、美しい唇を私だけに見えるようにゆっくりと動かした。


彼は口パクをしただけだったから実際には何の音も発していなかったけれど、騒がしい人混みと華やかに装飾された廊下の中で、幸坂先生の声だけが私のところへ真っ直ぐと飛んできたような気がした。


「(た)、(す)、(け)、(て)」


たすけて、助けて?


ああ、上手くあの子たちから連れ出してってことか。


一瞬だけ考えた後にその意味を理解して「ええ、人使い荒くないですか」なんて思いながらも先生にそんな事を言われてしまったら、断るなんて選択肢は私には残されていない。

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