第56話

「予定よりも長居しちゃったけど、そろそろ本当に帰ろうか。行こう、すみれ。」


奈々ちゃんが借りた過去問集をスクールバックにしまうついでに、水筒を取り出した。


彼女はちょっと独特な小物選びのセンスをしている。


本人は別に普通でしょ、と言うけれど、この事に関してはかっきーも私の意見に賛同してくれた。


今日も、一見おしゃれなクリアボトルなのに真ん中にでかでかと黒色の文字で「水」と書かれた水筒を持って来ていた。

しかも、水と書いてあるくせに中身は多分緑茶だ。



帰り際「気を付けて帰れよ。」と言った幸坂先生に、教室の扉を閉める直前に小さく手を振ったら、先生も座ったまま2回だけ手を振り返してくれた。


そんなことをする人だと思っていなかったから、不意打ちのその攻撃に私は無防備にもやられてしまった。


奈々ちゃんはもうすでに前を歩き始めていて、先生は私だけに手を振ったのだという優越感を微かに味わいながら、私はその姿を脳に焼き付けた。

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