第52話

私がぼんやりと部屋の入口付近に立っているうちに、奈々ちゃんはもう当初の目的であった過去問集を見つけ出したらしい。


「先生、これ借りたいんですけど。」


「ああ、じゃあこのノートに名前と日付書いて。貸出期間は一週間ね。」


事務的に交わされる二人の会話に、担任でもない教師と生徒の距離感なんてこんなもんだよなあ、と思い知らされた気分になる。


特に意味はないけれど私も奈々ちゃんの方へ近づいて、その貸出記録のノートをのぞき込んだ。


「いつも思うけど、奈々ちゃん字綺麗だよね。お習字のお手本みたい。」


「すみれだって綺麗じゃない。それに、最近は数字ばっかり書いてるから漢字とか忘れちゃいそう。」


「でも、潤君も奈々ちゃんは数式まで綺麗だって言ってたよ。」


「そんなこと言って、どうせまたすみれが喋ってるのを潤が頷いて聞いてただけでしょ。」


奈々ちゃんは眉をひそめて怪訝そうな顔をしたけれど、それは多分照れているのを隠すためだったと思う。


彼女の表情の動き方を知らない人が見たら、きっと怒らせてしまったと思うだろう。

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