第35話

「今日は危ない薬品もあるから、柿原もあんまり気を抜くなよ。」


机の上に置かれた実験器具の位置を少しだけ直しながらかっきーにそう言って、彼はさっさと隣の班の様子を見に行ってしまった。



「先生たちって、テスト前になると急に授業のスピード早くして内容詰め込もうとするよね。でも幸坂先生の授業はそんなことないから助かる。」


かっきーの言う通り、幸坂先生の授業は丁寧で分かりやすいのだと思う。


私は他の先生の化学基礎の授業を受けたことがないし、理系科目が壊滅的に苦手なせいで正しく比較ができているかは分からないけど、先生の授業は評判が良い。


要点をうまくまとめてくれたり、複雑な計算は時間をかけて教えてくれるから、幸坂先生の人気は決して顔が良いからという理由だけではないのだと思う。


最初は先生を校内のアイドルのように扱っていた女子生徒たちも、先生の全くつれない態度とそのわりに丁寧な授業に、だんだんと教師と生徒としての立ち位置を認識していた。



それをうまく認識出来ていないのは、私の方だ。


試験管の中で、肌に触れたら危険だと言われる液体に浸かってシュワシュワと溶けていく金属片のように、私と幸坂先生の距離も溶かしてくれる魔法があればいいのに。


そんなことを願っているのがばれたら、注意散漫だと怒られてしまうだろうか。

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