第七話 雪のなな

 

◇◇◇

 

 九月といえどもまだまだ日は長く、藍色の空は遠くに隠れていた。

 

 学校が終わってから、いつもみたいにひとりでノンビリと帰宅していたのだけど。

 私ん家が視界に入ってくるよりも先に、家の前に立っていたアリサの姿が目に映った。


 弾んだ息を整えるように静かに深呼吸していたアリサは、近づいてくる私を見つけると、それから視線を外すことなくジッとこっちを見つづけている。


 ホームルームが終わるや早々に帰宅する私よりも早く家まで帰ってきてるなんて、今日は何か用事でもあったのかなとか、ボンヤリ悠長に考えながら。

 もしかしたらエリーが帰ってくるのを待ってたのかもとも思ったし、軽く会釈だけして家の中に入っていこうとしたところで……。


「ねぇ、雪……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「えっ、あ、私?」


 なにやら私なんぞともちょっとした会話をしていただけるらしく。

 アリサの用事のお邪魔にならないよう、そそくさと退散しようとしていた隣人その一の背中に向かって声をかけてきた。


 まぁ言うて私ごときに質問したいことなんざ、エリーとかほかの誰かを待ってる間のほんの暇つぶし程度のものなのだろうし。

 それでも少しでもお役に立てるような答えが返せるように、ちょっと身構えながらも続く言葉を待ったところ。


「えっと、あの……志望校って決まってる?」


 ちょっと誠にごめんなさいだけど、参考にしてもらえるような回答ができそうにない質問が飛んできたもんだから、流石のさすがに参っちゃったよ……。

 いやまぁ、『どっか適当な女子校』ってのをそのまま伝えれば良かったのかもだけど。


 でも……なんでかアリサを前にして、そんなフワフワとした答えを口にすることができなかった。


「まだ決まってない、かな」


「あっ……そうなんだ」


「うん。じゃあね」


 そんな短い挨拶を残して、私は逃げるように自宅に身体を投げ入れた。

 あんな質問をしてくるくらいだし、もしかしたらアリサは進路に迷っているんだろうか。


 別のクラスの私の耳にも届くくらいには勉強の成績も優秀みたいだし、バスケットボール部でだって全中に出場できるくらいには活躍していたし。

 きっとたくさんの選択肢の中から志望する高校を選べるんだろうから、むしろ候補が多過ぎて悩んでいるのかも知れない。


 偏差値が高い学校や、バスケットボール部が強い学校。アリサの才能を活かしてたくさん成長することのできる学校。

 そんな輝かしい未来をいくらでも選び取ることのできる素敵な女の子を前にして、もしかしたら私は自分の進路を伝えるのが恥ずかしかったのかもしれない。


 いつのまにか遠い存在になってしまったアリサに、特にやりたいことも得意なこともない私なんぞが、何を堂々と答えられるというのかって感じだよね。


 情けない今の私を隠してくれるドアにゆっくりと背中を預けながら。

 たぶんアリサとは別々の学校に進むことになって、それを機に私たちの限りなく細くなった関係の糸も、プッツンと切れてしまうんだろうなという予感が頭をよぎったのだった。

 

◇◇◇

 

 そんな夏の短いアリサとの会話に触発されてか、ちょっと真面目に高校を探しはじめて。

 女子校で偏差値も良さげなちょうど良い高校を見つけたので、無事に私の目指すべき志望校も見つけることができたのだけど。


 なんか担任の先生と進路相談している中で推薦入試を受けるって決まって。

 そのあとトントン拍子に私の受験が進んでいき、なんか運良く推薦で志望校の合格をもぎ取ることができてしまった。


 やばいじゃん……めっちゃラッキーじゃん。


 推薦入試のために力を入れたのも、主に面接と小論文の対策とかばっかだったし。

 こんなことなら夏休みにもっと勉強サボって、一生ダラダラできたじゃんとかちょっと悔しくなっちゃったよ。


 私が受験勉強するって意気込んでたから、エリーにもすごい気を遣わせちゃったっぽいし。

 あんなに勉強しなくて良かったんなら、もっとエリーにお菓子作ってあげたり、一緒に遊びに行って好きなものたくさん買ってあげたりできたはずなのに……くそぅ。


 とりあえずは一足お先とばかりに受験から一抜けして、あとはもう好きなだけ腑抜けながらも卒業を待つだけの日々が始まった。


 同じ中学校にエリーも入学してきていたから。

 学校でも家でも隣人のかわい子ちゃんを可愛がって……というかエリーは明るくて優しくていつも人波の中心にいたし、むしろこっちがかまってもらってた訳ではあるけども。


 そんなささやかな憩いを得たり、家庭科部で三年かけて培ったお菓子作りの経験を活かして、エリーにお菓子を食べてもらって。

 大したことねぇ自作のお菓子に優しいお世辞の言葉をいただいて、煽てられたブタさんみたいに木に登りそうな勢いでデヘデヘと喜んだりと。


 そうこうしているうちに年が明けて、高校入学を意識するようなイベントがポツポツと私の予定に混じりはじめた。


 そして、冬も真っ只中な二月の中旬ころ。

 今日は入学予定となる高校の制服の採寸日で、朝からお出かけする必要があったのだけど。


「えっ……?」


 身を襲う寒さを疎んじながらも出発しないわけにはいかんので、覚悟を決めてドアから抜け出たその先で。

 まるで私たちを待っていたかのように、玄関の向こう側に立っていたアリサたち親子の姿と……。


「アリサちゃんも同じ高校なんだって」


 母親がイタズラに成功したかのように、楽しげに口にしたその言葉を聞いて。

 一言では言い表せないような、あまりにも複雑な混乱が、私の頭の中に広がったのだった。

 

◆◆◆

 

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