第四話 雪のよん
◇◇◇
小学校への登下校さえアリサと一緒にしなくなったのは、もう随分と前のような気がする。
最後の一年も刻々と過ぎていって、卒業式がすぐそこまで迫っている時期になっても、私はずっとひとりで過ごし続けた。
アリサも仲の良い子が増えていただけでなく、持ち前の明るさや活発さから、その周りにクラスメイトが集まっている光景が多かった。
やっぱりな……さすがアリサだよ。
クラスの人気者なんて陳腐な表現をするのもちょいと恥ずかしいけれど、そうなれるくらいの女の子だって私の予想は見事に的中してくれたわけである。
こりゃ私も幼なじみとして鼻が高い……とかいうて、もう今のアリサに幼なじみとか私が言うのも烏滸がましいかもしんない。
以前よりは遥かに減ったけど、それでもアリサは私なんぞにも気軽に話しかけてくれて、そんな時にはポツポツと短いコミュニケーションをとったりもできた。
そのおかげで一抹の寂しさで渇いてそうな心にも、ときどき水をお恵み頂きましたよ。ありがてぇ。
なんかもう幼なじみってよりかは、私ったらファンみたいになってんな……まぁそれでもいいか。
アリサがたくさんの人に囲まれて、いろんな子からいっぱい好かれて、楽しそうに笑ってくれるのが一番だから。
そんな日々を変わらずに送りつつ、寒々とした日が続く冬のとある日に、朝からたくさんの雪が降った。
学校から帰る頃には足が取られるくらいに積もっていて、家に着いたら庭でエリーと雪だるまでも作ろかなとか考えつつ。
いやでもエリーも友だちいっぱいみたいだし、もうすでに立派になられてエリーさんって感じだしなぁ……。
誘うだけ誘ってみて、誰かと遊ぶ用事があるならそっちを優先してもらおう。
傘に積もった雪の重さをすこし鬱陶しく思いつつ、握った手元をクルッと回してみると。
白くて薄暗い世界にフワリと雪が広がって、なぜかその光景がいつかの記憶を思い出させた。
一昨年の冬にもたくさんの雪が降り続いた日があって、その頃はまだアリサと一緒に学校から帰っていた。
帰ったら何して遊ぶかを話して盛り上がりながら、ノンビリ帰っているなかで……。
「あたし……雪、好き」
そんなことを言っていたくらいだし、たぶん今日だってアリサはテンションあがってんのかもしれない。
きっとたくさん作れた友だちに誘われて、みんなと楽しく遊ぶことだろう。雪合戦とかしてるのかもしれない。
いいなぁ……大勢で雪合戦とかはしたことないし盛り上がりそうで羨ましいじゃん。
学校の校庭とかでみんなでやってんなら、コッソリ混ざってもバレないかな……いや、流石にバレて『帰れ!』とか言われちゃうか。やめとこやめとこ。
六年生ともなると、私だって風情を感じる感性を培うことができているようで、雪の降りしきる幻想的で非日常感のある通学路の景色を眺めながら。
白くて綺麗な世界の中を、得意げに雰囲気に浸って悦に入りつつ、私はひとりでサクサクと帰っていったのだった。
ちなみにそのあと、エリーは一緒に雪だるまを作ってくれた。
ホントは友だちと遊びたかったはずなのに、気を遣って私なんぞとのお戯れに付き合ってくれるなんて……。
なんて良い子に育ったんだろう。
お礼にあんまんを奢ってあげるからね……ありがとう。うぅ。
◇◇◇
寒さと格闘するそんな時間もあっという間に過ぎ去って。
春らしい陽気を感じる日々が少しずつ訪れはじめた頃になり、私とアリサは小学校を卒業した。
今日くらいは何も心配しなくても良いだろうと思ったから、校門の前でアリサと一緒に写真も撮れたし、アリサのお母さんは感動屋さんだからすっごい泣いていた。
そういえばアリサたちが小学校に入学するときに問題なく生活を送れるか心配していたんだから、無事に卒業できたことへの感動もひとしおなんだろう。
大丈夫だよ、アリサママ。
アリサも今では友だちたくさんいるくらいだし、そんな心配なんて笑い飛ばせるくらいには楽しい思い出をいっぱい作れたとはずだもん。
今日という晴れやかな日を、こうして迎えることができているのはさ……。
日本語の勉強も、慣れない環境に馴染むための努力も、きっとアリサがたくさん頑張ったおかげだから。
そうしみじみ思い返すと、私も久しぶりに保護者面して感動しちゃうってもんだよ。ぐすん。
あの春の日にアリサと出会ってから、その隣でずっと、この子がどんどん素敵な女の子になっていくのを見続けて。
その末に、ひとつの節目として今日の卒業式を迎えることができた。
入学したときには繋いでいた私たちの手は、もう今は繋がってはいないけれど。
クラスメイトのしょうもないイジメのせいで、私たちの関係は薄くなって……。
いつのまにかイジメの気配は消えていたから、きっとその頃から今日まで残っているのは、私たちの希薄になった関係だけかもしれないけれどさ。
それでも……アリサがみんなから好かれていて、そのなかで笑っているキミのことを遠くからでも見守っていけるのなら。
『それだけで、私はもう幸せだな』なんて。
舞い散る桜の花びらを目で追いながら、私はそんなことを静かに思ったのだった。
◇◇◇
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