第二話 雪のに

 

◇◇◇

 

 アリサと過ごす時間が増えて、アリサの性格もわかってきて。

 この子は本当は人懐っこくて、とても明るい子なんじゃないかという印象を抱きかけてはいたのだけど。


 小学校に入学してからしばらくして、やっぱりそんなこともないんじゃないかと考えを改めることになってしまった。


 まるで私の家に初めて遊びにくるようになった頃のように、アリサは周りの同級生に対して怖がるように尻込みしていたし。

 すがるように私のそばに居続けて、周りの子とも積極的に関わっていこうとはしなくて。


 どうしても子どもの興味を惹きがちな容姿をしていたもんだから、話しかけられたり揶揄われたりすることは沢山あったようだけど、いつも私の影に隠れるように頼ってきていた。


 私は私で、ちょっと傲慢かもしれないけれど、アリサの面倒を見続けてきたこともあったためか。

 どこか保護者面というか、アリサのお姉さんにでもなったかのように、『この子を守ってあげないと』みたいな使命感を抱いてしまっていたようで。


 そんな人見知りしがちなアリサに頼られるままに、この子が悲しんだり辛い思いをしないように、誰よりも近くでこの子とともに過ごし続けていた。

 でもそんなアリサの様子も仕方ないと思えるのは、やっぱりまだまだ慣れない環境に急に放り込まれたようなものだし、私が想像する以上に心に溜まるストレスもあったのだろうし。


 それでも嫌がらずに通学し続けて、少しでもこの国に馴染めるように学校での勉強も頑張っていて。

 そんな健気な姿を見続けていたこともあってか、小学校を離れて一緒に過ごすときには、労わるようにアリサを甘やかしてあげたかった。


 妹のエリーのように、自分のやりたいことをポンポンと表に出すことはなかったけれど。

 それでもアリサの望む心休まる時間を過ごして欲しかったし、なるべくはアリサが喜ぶようにワガママを聞いてあげたかった。


 学校の授業に加えて宿題もあって、さらに日本語の勉強もってなったら大変だろうから、疲れてそうだったら遊ぶ時間に切り替えたり。

 おやつの時間にアリサが好きそうなお菓子だったら、分けてあげるのもぜんぜん苦には感じなかった。


 まぁそうなるとエリーにも分けてあげないと可哀想だし、私の分のおやつが食べる前から無くなることもよくあったんだけど、アリサは優しいからおやつをおすそわけし返してくれたりもして。

 とにかくアリサが少しでも喜んでくれることが、なによりも私の優先したいことだった。


 クラスメイトの子たちに対してはそんな素振りは見せていないようだったけれど、案外アリサはスキンシップだって取りがちな子だったみたいで。

 家にいると私にくっついてきたり、よく抱きついてくることも増えていった。


 そういえば、引っ越してきた日も母親にくっついていたし。

 不安だったりストレスを感じてるとき、アリサは安心するために誰かと触れ合っていたいのかもしれない。


 ハグしてくるのだって、海外じゃわりとポピュラーなコミュニケーションのイメージがあるから、日本に来る前にはあっちの友だちとかと良くしていたんじゃないかな。


「ユキ……いっしょに、おひるねしたい」


「んじゃ宿題おわったら、ちょっとお昼寝しよっか」


「うん!」


 こんな風にしたいことを言ってきてくれたら、腕に抱きついてくるアリサと一緒に私のベッドでお昼寝したりもして。

 なるべくアリサの希望を叶えてあげたりしながらも、私たちは順調に仲を深めていくことができたと思う。


 いつかの未来で幼なじみと言い表わすに足るような、そんな時間を重ねていって。

 私はひとりの友だちとして、この子を見守ってあげれられる存在として、その隣でアリサとともに過ごし続けたのだった。

 

◇◇◇

 

 そんな私たちの関係に変化が訪れたのは小学五年生のときだった。

 親の希望か学校側の配慮か、私とアリサはずっと同じクラスでいることができたこともあり、入学してから変わらず二人で過ごす時間がほとんどだった。


 それでも日本での暮らしにもすでに慣れていて、言葉だって私が教えることなんかもう無いくらいには流暢に話すことができていたし。

 入学当初に比べたら不安とか怯えが故の人見知りもなくなり、アリサもすごく社交的にはなったと思う。


 もともとの溌剌とした性格やしっかり者としての気質もあって、クラスメイトに話しかけられても私の後ろに隠れることもなく、問題なくコミュニケーションが取れていたし。


 緩やかに身長が伸びていきつつも、まだ背の順だと前の方に並ばざるを得ない私なんぞと違って。

 よく知らんけど母親譲りの血がそうさせたのか、アリサは私を置いてけぼりにしてグングンと成長していき、そのスタイルの良さを見事に磨いていった。


 運動もできるから体育の授業に活躍できるし、勉強も得意で私よりも宿題終わらせるのも早くて、テストの点数だって良いし。

 不甲斐ないことこの上ないけれど、いつの日かにあったはずの立場なんかは、もうすでに逆転しているといっても過言じゃなくなっていて。


 平凡な能力しか育てられんかった私は、ぶっちゃけもう何年もアリサに面倒を見てもらうことの方が多いくらいだった。

 でもアリサったら真面目な優等生ぶって、私が宿題みせてって乞うても……。


「ダメ! わかんないとこ教えるからがんばろ!」


「うぅ……いじわる」


「いじっ、いじわるじゃないもん! ユキのためにならないからダメなの!」


 こんな感じで甘やかしてはくれなかったのは、正直もうちょっと融通をきかせてくれてもいいじゃんとは思ったよ……ちきしょう。


 だけどアリサの培ってきた魅力は、運動とか勉強とか以上に、その容姿の成長がなによりも大きいもので。

 身体の成長に比例するように、その顔立ちは綺麗なものとなっていった。


 出会った頃には可愛さの中に少し混じっていたような綺麗さが、いつのまにかその比率を大きく変えていて。

 今ではその綺麗さが何よりも目立ち、そこに残っていた可愛らしい印象も、ここ何年かですでに影を潜めていた。


 妹のエリーはまだ可愛い印象の方がつよいし今も変わらず懐いてくれてはいるんだけど、いつかはアリサのように綺麗になって、私のだらしなさを厳しく叱ってきたりしちゃうんだろうか。

 それはすごい悲しいな……エリーには今のままでいてほしいよ。


 まぁアリサが綺麗で優等生になったとて、その成長は私にとっても喜ぶべきもので。

 いちばん大切な友人がどんどんと魅力を増していって、そしてなにより楽しく幸せに過ごせているのは私の望んでいることでもあったし。


 だけど、そんな順調な日々のなか。

 きっと想像するにしょうもない女子のやっかみから、アリサが仲間外れの対象になってしまった。


 小学生くらいの女の子グループには、多感な時期であるというのも災いしてか、なぜかそんな流行がやってきてしまうのだろうか。

 純粋にいじめて悲しませたいのか、誰かをハブることで団結している空気感でも楽しみたいのか。


 そのバカみたいに幼稚で残酷な遊びを生み出すキッカケなんかは、想像しようと思っても全然わかんないんだけども。

 何はともあれ、そんな流行のターゲットにアリサが選ばれてしまったことだけは、悲しいことに事実であるようだった。

 

◇◇◇

 

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