そしてキミを知り、キミは×を知る

あおうま

第一章 スタート

第一話 雪のいち

 

◆◆◆

 

 アリサと出会ったのは、雨模様の春の朝だった。


 自宅の隣に少しずつ家が建っていくのを、保育園の行き帰りとかに見続けながら。卒園式が間近に迫った頃になり、ようやくオシャレなお家ができあがって。

 そして、保育園児から小学生になるまでの日々のなかで、アリサたちが私のお隣さんとして引っ越してきた。


 ある土曜日の朝、シトシトと小雨の降る朝から、家の前にトラックが止まっていて。

 お母さんが昼ごはんを作っている最中にチャイムが鳴り、アリサたちが引っ越しの挨拶にきた。


 料理の手を止めて来客を出迎えたお母さんが、リビングでテレビを観ていた私に声をかけてきたから、私もお母さんの後について玄関に向かうと。

 日本人のお父さんと外国人のお母さん、そしてアリサと妹の四人がそこに立っていた。


 自分や周りにいた子たちとは明らかに違いがあるような目鼻立ち、テレビの中でしか見たことのないような髪の色。

 そんなアリサの目立った容姿を一目見て、私はしばらく目を離すことができなかったんだけど。


 テレビの中でしか見たことのない珍しい外見に驚いたからなのか、それとも、アリサと顔を合わせて一番に抱いたのが『かわいい』って印象だったからなのか。

 とにかくアリサの顔を見つめ続けていると、お母さんから優しく背中を叩かれて、ふと思い出したように私もぺこりと頭を下げた。


 綺麗な母親の足にしがみついて不安げな様子で、アリサも私のことをジッと見続けていて。

 そんな臆病なお姉ちゃんとは対照的に、アリサの妹は珍しい何かを見つけたような顔をしながら前に出て、私のことを見上げている。


 この子もとても可愛らしくて。

 ひとりっ子だったから姉妹に憧れでもあったのか、保育園でも小さい子と遊んであげるのが好きだったし。


 少しかがんで目線の高さを合わせながら。

 卒園しちゃったために、また遊ぶことができなくなった小さなあの子たちのことを思い出して、いつもそうしているように自然と浮かんだ笑顔を向けると。

 アリサの妹も私に合わせてくれるように、写真に残したくなるくらいにとても魅力的な満面の笑顔を返してくれた。


 お母さんたちが話しているのを聞いていると、アリサは私と同い年だし、四月からは同じ小学校に通うことになるようだった。


 アリサも妹も生まれてからずっと海外で育ったこともあり、この国の言葉にはまだまだぜんぜん不慣れなようだったけれど。

 今後はずっと日本で暮らしていくことも考慮して、そういう子たちが馴染みやすい学校ではなく、近所の小学校に通わせることを選んだらしくて。


 たとえしっかり考えて選んだとしても、そんな環境に娘たちを置くことに対する不安があるなか。

 偶然にも同じ年で小学校も同じである私が隣人となることをアリサの両親は心強くおもってくれたのか、とても嬉しそうにしていた。


 アリサの両親から『ふたりと仲良くしてあげて欲しい』とお願いされて、私はコクリと頷いて返事をしたのだけど。


 お願いされたことに対して面倒だとか嫌だとかってネガティブな感情などは本当に一切抱くことはなく。

 『頼まれたからにはちゃんとやらなきゃ』などという、そんな責任感みたいなものを感じて張り切ったほどであるし。


 とにもかくにも、そんな出会いを経て、私とアリサは出会うことになったのだった。

 

◇◇◇

 

 その次の日から毎日のように、アリサは妹と一緒に私の家に遊びにきた。


 お互いの両親の話し合いの末にそうなったのだけど。

 アリサのお母さんからもお願いされたし、少しでも早くアリサたちが同じ年頃の子に慣れて、不慣れな環境に順応することを望んでのことだったのだろう。


 それにうちのお母さんも働いていたし平日は仕事に行かないといけないから、きっと幼い私を家にひとりきりにさせなくても良くなったことを、母は母で喜んでいたんじゃないかと思う。


 入学する小学校の学童で面倒を見てもらう予定もなくなり、私たちは家族のように長い時間を一緒に過ごすことになった。


 最初は知らない家や親しくない私に対して警戒心が強かったのか、不安そうに私の家で過ごしていたのだけど。

 数日もすると、オドオドしながら私の家に入ってくることもなくなって、緊張してかたくなっていた表情も柔らかくなっていったように見えたから、私も嬉しくなった。


 一方で妹の方はといえば、最初っから楽しそうにうちに遊びにきていて、よく笑っていつも元気で可愛かった。

 でも、それに比べてアリサが引っ込み思案だとか内気だなんてこともなかったらしく、慣れてきたらこの子の本来の性格も少しずつ見えてきた。


 さすがは姉妹というべきか、妹ほどではないにしろアリサも明るく活発で、見ることができる時間も増えてきた笑顔はとても可愛くて。

 だけど保育園でともに過ごしていた子たちとは違って、その笑顔には可愛さだけじゃなく綺麗さすらも混在しているような、そんな強烈な魅力があった。


 もともとの容姿の良さに加えて、私にとっても馴染みのない外国人然としての特別な要素が、その笑顔を引き立たせたのかもしれない。


 一緒に過ごした時間の中で、私たちは部屋の中や家の前でいろいろなことをして遊んだけれど。

 ただ遊んでいただけじゃなく、日本語に慣れていないふたりのお勉強をする時間だってたくさんあった。


 世間一般で早いとされる日本語の上達速度なんて、そりゃ幼い私には知るわけもなかったのだけど。

 だとしても、アリサはたぶん頭も要領もいいのか、少しずつ順調に日本語に馴染んでいってたと思う。


 一方で妹の方はといえば、年齢のせいもあってか勉強にはあまり身が入っていなかったし、遊びたいとすぐにダダをこねていて可愛かった。


 アリサはひとりでも頑張れていたのもあって、どちらかというと妹の勉強を世話したり、アリサの邪魔にならないように構ってあげたりしつつ。

 私たちが出会ってから重ね続けた時間が少しずつ増えて、そして春という季節も穏やかに過ぎていった。


 身体を動かすのが得意なふたりは外遊びも上手で。

 むしろそんなときには情けないことに、どんくさい私は手心を加えてもらったり、面倒をみてもらうことになったりもしたけれど……。


 一緒に遊んで、勉強して、ご飯を食べて。

 アリサの家の片付けもひと段落したあとにはお邪魔させてもらったり、お泊まりして一緒に寝たりもして。


 偶然お隣さんになった、この綺麗で可愛い女の子たちと、まるで姉妹のように過ごす時間が増えていったことによるおかげか。

 私たちもだいぶ仲良くなれた気がするそんな頃。


 隣人という関係だけでなく、私たちは同じ日に同じ小学校に入学して、クラスメイトという新しい関係を増やすことができたのだった。

 

◇◇◇

 

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