第2話

 その日の放課後。多くの人が部活に行く中、帰宅部の私は帰りの支度をしていた。鞄を持って立ち上がろうとした時、後ろから声をかけられる。


「陽菜。今日もバイトの時間まで家に行っていいか?」

「う、うん」


 声の主は昼休みのある意味での主役、大翔だ。私は反射的に頷いてしまい、杏奈の言った通りになる。

 

「ありがと。昨日読ませてもらったやつの続きがすごい気になってたんだ」

「そ、そんなに気になるなら持って帰ってもよかったのに」

「いやいや、汚したら悪いから」

「心配ないと思うんだけどなぁ」


 やっぱりダメとは言えず、鞄を肩にかけ二人で帰路につく。

 大翔とは高校生になってから知り合った。いつも教室で本を読んでいた私に大翔が声をかけてきたのが一年生のとき。それから本の感想やおすすめの本について話すうちに仲良くなった。一年が経った今では気軽に本の話が出来る私にとって貴重な読書友達だ。

 大翔にとって私もそんな存在だったらいいなと思っていた。


 そう、昨日までは……。


 不安の混じった私の願いは微妙に的外れなものだった。大翔は友達どころか私のことを女の子として好きだと思ってくれていた。嬉しくないわけじゃない。

 ただ、今まで恋愛を本の中でしか見たことがない私には、自分のこととして考えられなかった。




 学校を出て話しながら歩くとすぐに家に着く。


「ただいま。」

「今日もおじゃまします。」


 鍵を開けて中に入る。兄弟はおらず、両親は仕事で日中はよく留守にしているため返事はない。

 手洗いなどを済ませ私の部屋に向かう。ベットが一つと壁際に大きな本棚。床にはいくつかの本の入った段ボールがあり、その上にも本が何冊か積まれている。

 そんな私の部屋で大翔と本を読むのが最近の放課後の過ごし方だ。


「はい、これ。昨日の続き。」

「お、ありがと。さっそく読ませてもらうよ」


 そう言って大翔は床に座り、ベットの側面に背中を預けて本を読み始める。私もすぐに段ボールの上に積まれている一冊を手に取りベットの上で読み始める。


 ぱらぱらとページを繰る音だけがたまに聞こえてくる。


 私は、今みたいにそれぞれが同じ場所で本を読むだけの時間が好きだ。

 会話はなくても、体勢を変えた時や飲み物を飲もうとした時、そんなふとした時に本を読んでいる大翔の姿が目に入るのが私は嬉しかった。

 私には友達が杏奈以外いなかったからこうして同じ時間を共有できる大翔のことを私は大切だとも思っているし、好きだとも思う。でも、この気持ちが恋なのかといわれると悩んでしまう。友達として本の話ができて私は十分満足していた。それ以上なんて考えたことがなかった。


 それなのに……。


 私はいったん本を置き、胸に手を置きながら大翔のことを考えてみる。


 とくん。 とくん。


 ゆっくりと鼓動している。恋愛小説の登場人物みたいにドキドキはしていない。杏奈には本の読みすぎだって言われたけど私はやっぱりまだ恋をしていないんだと思う。


 私にはまだ恋のことはあんまりわからない。

 でも、私がいつか恋をするならその相手は、大翔だろう。それだけはわかる。


 だから、そのいつかまで。このままで……。


 私は本を読んでいる大切な友達を見ながらそんなことを想った。



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いつかあなたに やわらしろ @YshiroY

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