第11話
あれから、2年が経った。
千秋への恋を諦めた後、あきらは、ESS活動と、三年生から始まったゼミ活動も加わった大学の勉強に没頭していた。
四年生の四月からは就職活動に専念して、故郷の沖縄にある会社に就職も決まっていた。
世間でも新卒予定大学生の就職戦線が終了を迎えた頃、久々に隆史から電話があり、日桜大医学部主催のダンスパーティーに誘われた。
あきらは、東京での学生生活最後のダンスパーティーになると思い、大内君と三人で行くことにした。
十月二八日の土曜日午後六時半から、六本木にある防衛庁方向のクラブ『ラジャ・コート』で、そのダンスパーティーは盛大に開催された。
そこで、あきらは『仁美』と出逢ってしまったのである。
場面は少し先へ進むが、十二月二五日は、仁美の十九回目の誕生日であった。
あきらは、仁美から十九歳までに好きな人からシルバーリングを貰うと、幸せになれるというジンクスを聞いていたこともあって、感動的な誕生日を祝ってあげようと思っていた。
一週間考えたあげく、今度は銀座にあるスカイラウンジに予約を入れることにした。
そこは、一時間で一回転する高級感のある展望レストランで、廻りの夜景が綺麗な上に、生ピアノの演奏で甘いムードが漂うレストランだった。
当日、あきらは午前中にプレゼント等の買い物をして、そのラウンジに行き、店長さんに事情を説明して品物を預けた。
あきらは、一番奥の角のテーブル席をリザーブし、午後『八時に必ず来るから』と言って、料理を注文し料金も前払いして、四人のウエイターさんと打ち合わせを行った。
午後三時に、あきらは手ぶらで仁美と待ち合わせした。
二人で普通に映画を観た後、予定通り八時ちょうどに、何くわぬ顔をして、その日が仁美の誕生日であることなど全く気がついていないふりをして、そのラウンジに仁美を連れて来た。
仁美は、家族以外の人と過ごすクリスマスは初めてのことだったので、好奇心一杯の顔で辺りを見回していた。
クリスマスらしく、赤のフレアスカートに茶色のセーターを着ていた。
あきらと仁美が店に着くと、
「いらっしゃいませ、お持ちしておりました。こちらへどうぞ。」
と、店長さんが左手を横にして、二人を奥の席へと案内した。
店の中は、薄暗くはあったが、クリスマスイルミネーションの電飾で綺麗に飾り付けられており、テーブルの上には、既に一本の蝋燭に火が灯されていた。
あきらが仁美の椅子を引いて、仁美を席に座わらせると、その日はいつもと違って、あきらは仁美の向かい側の席についた。
そして、ポケットから右手でライターを取り出し、火を点け高く掲げて合図を送った。
あきらのしぐさに、仁美がうっとり見とれていると、白のカッターシャツに濃紺のチョッキ、蝶ネクタイをした四人のウエイターがすぐに現れた。
先頭の人があきらの買っておいた大きな花束を持ち、二番目の人がお店からのサービスであるシャンパン(氷の入った透明なアクリル製のワインクーラーに入っていた。)を持っていた。
三番目の人がこれもあきらが買っておいたプレゼントの小さな箱二個を二段重ねで、四番目の人がお店特製の誕生日ケーキを持って、縦一列になって進んで来た。
間もなく、二人のテーブルの前で横一列に整列した。
仁美は、口を半開きにして目を見開いて、ただただその光景を見ていた。
すると、あきらが昼間打ち合わせしていた通りに、四人のウエイターが一斉に大きな声でしゃべり出した。
「仁美さま、本日は、お誕生日おめでとうございます。あきらさま共々、心からお祝い申し上げます。仁美さまに、幸せな人生が訪れますよう、当店からも、ささやかながら、シャンパンと誕生日ケーキをプレゼントさせて頂きます。おめでとうございます。」
あきらも立ち上がり、店長さんと計六人で頭を下げた。
同時に、先頭と三番目のウエイターがクラッカーを鳴らし拍手すると、その時店に居合わせた、その様子を各々のテーブルで見ていた見ず知らずの他のお客さんから、大きな拍手がどっと起こり、
「おめでとう。」
との声があちこちで上がっていた。
仁美は、最初、自分の事とは思わなかったようだが、次第に状況が分かってくると、目元を潤ませて、
「あ、ありがとう・・・。なんだかテレビのドラマみたい、すごく嬉しい。現実じゃないみたい。あれ、なに言ってるんだろう・・・。ありがとう。」
仁美は嬉しくて声が震えてしまい、うまく言葉にできなかった。
彼女は、こんなに感動的な誕生日は初めてだった。
あきらがこんなドラマティックに演出してくれるとは、思ってもいなかったのだ。
「あ、ありがとうございます。」
あきらと仁美は二人で立ち上がり、再度お店の人や回りの人たちにも、改めて御礼を言った。
それから着席すると、仁美はまだ興奮が冷めやらず、頬が紅潮したまま、目をキラキラさせて、
「プレゼント、あけてもいい?」
と聞いて来た。あきらは、にっこり笑っていた。
「いいよ。」
一個目の小さなめのプレゼントの箱には、口紅とマニュキュア、それにあきらがお気に入りの『モア』という製品で、香水のセットが入っていた。
「この香水、とても上品な香りがして、仁美のイメージにピッタリなんだ。」
「ありがとう。香水なんてもらったの、初めて! 口紅もマニュキュアもお揃いなのね。」
「うん、口紅もマニュキュアも薄いピンクだから、きっと似合うと思う。」
「私、あきら好みの女になるからね。」
「今度は、これも開けてごらん。」
あきらは二個目の大きめの箱を手渡した。
「二個もあるのね!」
仁美がドキドキしながら嬉しそうな顔で、その二個目のプレゼントを開けてみると、中からいきなり大きなおもちゃの緑色した毛虫が、ぴょぉーんと飛び出してきた。
びっくり箱だった。
「きゃぁー!」
二人は、また回りの注目を集めていた。
仁美にとってはあまりにも想像を超えたプレゼントだったので、おどろいてしまったのだ。
「ははは、びっくりさせてごめん。」
「実はね、もう一つプレゼントがあるんだ! こっちの方が、今日の本当のプレゼントなんだ。」
と言って、あきらが、一変して真剣な顔になり、ジャケットの胸の内ポケットから更に小さな箱を一つ取り出して、彼女に差し出した。
「開けてごらん。」
あきたは、優しく微笑んでいた。
仁美は、今までにないくらい心臓をドキドキさせて、その小さな箱を開けてみると、中から、キラキラ輝く小さな宝石が散りばめられた、シルバーリングが出てきたのです。
「まあ、なんて綺麗なの!」
仁美はうっとりして、その指輪を手にした。
「どの指にはめるのかな?」
「あきらは、どの指にはめてほしいの?」
「もちろん、左手の薬指だよ! ダメかい?」
「嬉しい!」
仁美は、あきらに跳び付かんばかりだった。
そうして、あきらに、左手の薬指に指輪をはめてもらった。
「予想通りピッタリだ。もう、どうやってもその指輪、はずれないよ。」
「永久にはずれなくてもいいわ!」
「シルバーリングだからね・・・。」
「こんな素敵なお誕生日、初めて、ありがとう。十九歳のジンクスの話、ちゃんと覚えててくれたのね。ジンクス通り、幸せになれるといいな~。今日は思い出に残るクリスマス誕生日ね、ありがとう。」
仁美はあきらとのウエディングベルをほのかに想像して、実現すればいいのにと思いながら、またもうっとりとしていた。
すぐ側の窓からは、東京の綺麗なクリスマスの夜景がどこまでも広がっていた。
「この夜空、沖縄まで続いているのよね?」
「そうだよ。」
「私、沖縄のこと何も知らないけど、大丈夫かな?」
「心配しなくていいよ。仁美ちゃんなら、ちゃんとやって行けるよ。」
「どうして?」
「俺が、いつも仁美ちゃんの側にいるつもりだからさ!」
窓から見える夜空は、雲一つなく、キラキラ光る星でいっぱいだった。
その日、仁美は、友人の康代と澄美枝の三人でダンスパーティーに来ていた。大学に入ってというより、女子高・女子大だった仁美にとっては生まれて初めてのクラブだった。
どちらかと言うと社会勉強のつもりだった。
仁美には、何もかもがもの珍しく、キョロキョロ回りを見回していた。
食事もドリンクもバイキング式だったので、仁美は全部味見してみるつもりで、はりきっていた。
こんな所もあるんだとワクワクして仕方がなかったのだ。
康代は慣れたところもあり、仁美と澄美枝は康代に任せていた。
康代は男の子ともすぐに仲良くなっていた。
そのうち康代が一人の男の子(大内君)を連れて来た。
「こんにちは。」
と挨拶しているうちに、仁美が気がついた時には、その男の子のもう一人の友達と座って話していた。
「はじめまして、仁美です。」
「はじめまして、あきらです。どこの大学?」
「東京聖和女子大の一年生です。こういうところ初めて来たんですけど、えっーと、何話
したらいいですか?」
仁美は、男の子と二人で話しているというシチュエーションにどきどきしていた。
「なんだかお友達は、俺の連れと一緒みたいだね。俺は東明大の四年、どこから来たの?」
「東京の大田区です。」
「じゃあ、自宅から通ってるの?」
「はい、そうです。大学まで三十分くらいのとこなんですよ。」
あきらは浪人しているので、仁美よりも四つ歳上だった。
仁美は高校も規律の厳しい自由ケ丘にあるミッション系の女子高出身で、しかも仲の良かった友人たちも真面目な子ばかりだったので、男の子と接する機会はほとんどなかった。
五反田にある東京聖和女子大もスペイン系修道会が母体となったミッション系の大学であったため、構内には修道院があり学長はシスターだった。
大学構内は原則として男子禁制で、校門のところには守衛がいて監視しているというような所だった。
学生たちも基本的にはお嬢様が多く、いわゆる『温室』だった。
そんな環境にいた仁美は、家は普通の家庭でも、精神的には全く無知だったのである。
このまま社会に出て行ったら、やっていけないと思い、社会勉強のつもりで友人の康代たちと行ったクラブで、はじめて接した男の子が、あきらだったのだ。
仁美にとっては、男の子と一対一で会話するのも、ミラーボールも、クラブの音楽も雰囲気すべてが新鮮な体験だった。
「あきらさんは、どこから来てるのですか?」
「俺は南から来てるんだよ。」
「南? 九州出身なんですか?」
「もっと南の方。」
「もっとって、沖縄? えーすごいですね。」
と、言いながら仁美は正確な沖縄の位置すら理解していなかった。
「大学では何勉強してるの?」
「キリスト教文化学科です。」
「じゃあ、クリスチャンなんだー、洗礼受けたの?」
「そういう訳じゃないんですけど、歴史が勉強したくて。」
「へー、俺は政経学部の政治学科なんだよ。政治家になりたくてさー。」
「うわー、すごーい。政治家さんになるの?」
「まさか! 大学で政治の勉強すればするほど、政治家にはなれないことが分かったよ。でも、いつかは政治家になってみたいもんだよねー。」
「そうなんですかー。」
あきらと仁美がそんなことを話していると、急にあたりが暗く静かになり始め、チークタイムになった。
「チーク踊らない?」
「チークって何ですか?」
あきらは仁美の問いにクスと笑って、
「いいからいいから、さあ、行こうか。」
訳がわからないままボッっとしている仁美をフロアに連れ出した。
その時流れていた曲は、イギリスのロックグループ曲で、フォリナーの、『アイ・ハブ・ウェイティング・フォー・ア・ガール・ライク・ユー』(君みたいな娘が現れるのを、俺はずっと待ち続けていたんだ。)だった。
仁美はあきらに体を預け、『あー、なるほど、チークって、こういうもんなんだ。』と思い、音楽に合わせて身体を揺らし、ロマンティックな気分にどっぷり浸っていた。
あきらは、体が震えるのを止めることができないでいた。
「寒いの?」
「いや、大丈夫だよ。」
仁美は特に寒いとは感じなかったが、あきらは震えているのはなぜだろうと、首をひねっていた。
あきらは、恋愛に対する一種の苦手意識を持ってしまっていたのだ。
それで、仁美とチークを踊った時、無意識に体が震えていたのだった。
大学一年生の友美先輩の時も、二年生の千秋との時も、お互いのことが好きであったはずなのに、結果としてうまく行かなかった。
男女の恋愛と言うものは、そう単純ではなく複雑で、これほどまでに難しいものかと捉えてしまっていた。
そもそも、あきらが生まれて初めて女の子を好きになったのは、小学校一年生の時であった。
初恋の相手は、同じクラスの英美と言う子だった。
あきらがクラス委員長をしていて、その子が副委員長をしていた。
あきらが男の子のまとめ役をして、その子は女の子のまとめていた。
と言うか、実態は、その子が男の子もまとめていて、一人でクラス全体を仕切っていたのだった。
委員長は男の子で、副委員長は女の子と言う慣習があって、そうなってしまっていただけのことであった。
最初、あきらは彼女に対して何の感情も持っていなかった。
男の子は皆そうであるように、異性に対する恋愛感情など、まだ幼すぎて持ち合わせていなかった。
英美は特に『おませ』さんで、小学校一年生なのにいつもオシャレで身奇麗にしていて、性格のかなり強い女の子だった。
二学期のある日のこと、あきらが教室内の机と机の間を、教壇から教室の奥に向かって歩いていると、英美とすれ違うことがあった。
あきらとすれ違ったかと思うと、英美は、後ろからあきらの背中に突然飛び付き、両手をあきらの首に回し、
「すっき! 好き!」
と言って、両足を空中で左右にばたつかせ、あきらの体を揺さぶったのだ。
その直後に英美はあきらから両手をさっと離し、何事もなかったかのように、すました顔で平然と立ち去ったのである。
あきらは、一瞬のことで何が何だか全く分からなかった。
次の日、学校が終わると、英美は、あきらの家に自分を連れて行けと要求し、あきらの自宅で一緒に夕方まで遊んだことがった。
その後、あきらも何度か英美の家に行って一緒に遊んでいたものだった。
そして、あきらは、だんだんと彼女のことを意識し始め、好きになってしまったのである。
英美とは二年間同じクラスだった。
二年生の時もクラス委員長と副委員長を二人でやっていた。
彼女は、各学期末の最終日に成績表が各自に渡されると、必ずあきらのところにやって来て、あきらの成績表を無理やり奪い取り、自分の成績表を強引にあきらに手渡したものだった。
二年生の三学期の終了式の日にも、あきらは成績表を奪い取られた。彼女の成績表を見ると、それまではあきらの方が僅かに良かったのに、この時は完全に逆転されていた。
それ以来、英美があきらの成績表を奪い取ることはなく、あきらと親しくしようともしなくなり、疎遠になってしまった。
あきらは、子供心にも、英美にふられてしまったことを、うすうす感じてしまっていたのだった。
ダンスパーティーも終わり、あきらが仁美の携帯番号を聞いてきたが、仁美はどうしていいか分からず、後ずさりしてしまった。
その場面をすぐ側で見ていた友人の康代が、持っていたセカンドバッグからメモ帳とボールペンを取り出すと、仁美の携帯番号を書き、
「この番号、LINEにも登録しおいてよ!」
と、あきらに手渡してくれたのであった。
あきらも携帯番号を書いたメモを仁美に渡し、LINE交換して、あきらが仁美を家まで送って行くことになった。
そんな経験は空想の世界でしか体験したことのなかった仁美にとって、あきらの存在は特別のものになりつつあった。
あきらは仁美に、五反田の駅ビルの五階にあったロールキャベツ専門店のモーツアルトに連れて行ってもらい、二人でロールキャベツを食べた。
その後、この店で食事をするのは二人のデートの定番となった。
その店は四人掛けのテーブル席だけであったが、あきらは向かい合って座ることはせず、いつも仁美の左隣に座り食事していた。
「よくこの店に食べにくるの?」
「いいえ、初めてです。でもこの店の前に甘味屋さんがあって、馬術部の先輩がアルバイトしているんです。それで、ちょっと知っていたんです。」
「馬術部なの?」
「はい、一応。へたですけど。」
「乗馬って、優雅だよね。」
「そんなことないですよ。両足で強く挟み込まないといけないから、結構必死なんです。それに、馬の世話とかもしなくちゃいけないので、キレイなだけじゃないんですよ。」
「そうなんだ。」
それから二人は東急池上線に乗って、最寄り駅まで行き、結局あきらは仁美を自宅まで送って行った。
そして、家のすぐ目の前まで来たところで、別れ際に、どうしたことか、仁美が突然さらりと言ったのです。
「私、正真正銘の処女よ。」
あきらは、一瞬ハッとした。
「男の人は自分が最初の人でありますようにと願い、女の人は自分が最後の人であります
ようにと願うものなの。」
「奥ゆかしいな、初めて聞いたよ。」
「あきらさんは、最初の人になりたいの? 私は最後の人になれるのかなー?」
「神のお許しを得て、願わくばだよ・・・。」
「そうよね、神のお許しがあれば、願いがかなうのよね。でも、あきらさんはクリスチャンではないのでしょう?」
「もちろん洗礼なんて受けたことないよ。でも、俺の場合は、神の大いなる光を必要としているさからねー。」
「神様が、きっと、あきらさんを、暗闇ではない光と輝きに満ちたところに、導いてくれるわ!」
「ははは、それなら大丈夫そうだね。」
あきらは気づいていた。仁美とあきらの会話が、途中から、ある意味かみ合っていないことを。
あきらは、彼自身のトラウマを克服して、仁美との真の恋愛が成就できることを願っていたが、仁美はそれを理解できずに、額面通り宗教的なものとしてのみ受け取っていたのであった。
仁美が家で一人になると、今日の出来事、特にあきらとのことを考えると胸が一杯になり、何か運命的なものを感じていた。
そして思っていた。
『今日、どうしてあの人と出会うことになったんだろう?
あの人は、本当はどんな人なんだろう?
沖縄って、どんなところなんだろう?
これから、どうなるんだろう』
仁美はずっと運命的なものに憧れていたので、あきらが運命的な人になったらいいなと
考えながら、眠りについたのだった。
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