第9話

七月三十日になり、千秋達が沖縄旅行にやって来る日が来た。


大内君は当日の朝一番の便で沖縄に着いてあきらと合流しており、午後からあきらの実家の車で海洋博記念公園に向かい、そこで千秋達と落ち合うことになっていた。


海洋博記念公園は、赤や黄色の色鮮やかな亜熱帯の花が咲き乱れていて、エメラルドグリーンで輝く正面の海上には、沖合いに、尖がり帽子のような形をして中央部分が尖った伊江島が、綺麗な姿で眺めることができた。


その大パノラマが広がっている公園の正面ゲートの前で、四人は約一ヶ月ぶりに再会した。


女性陣二人は、いわゆるトロピカルファッションであきらと大内君の前に現れた。


千秋は、髪型をいつもと違ってポニーテールにしており、ハイビスカスの模様が入った真白いノースリーブで膝くらいの丈のワンピースに、ウエストを黒いスカーフでしっかりと締めた姿で、その腰の括れがセクシーさを増していた。


もう一人の竹内さんは、同じハイビスカス模様ではあったが、淡いブルーのロングワンピースを着て、控え目な清純さをかもし出していた。


四人はへびのように曲がりくねった下り坂を歩いて、まず最初に、海洋博のメインアトラクションである熱帯ドリームセンターを見学した。


そこから、大内君が気を使ってくれて、竹内さんと二人でイルカショウを見たいと別行動を取ってくれたので、あきらは千秋と二人で正面ゲートに戻り、すぐ側の沖縄郷土村・おもろ植物園に向かった。


あきらは、その途中で、遊歩道の街路樹として咲いていたハイビスカスの花を一本折って、千秋の左耳に挿してあげた。


「おてんば娘にしては、可愛いいじゃん!」

「そうでしょう? 一言余計なものが付いてるけど、嬉しいわ。」

「え~っと、そんなら、俺と腕組んで歩いてほしいな。」

「あら、やっとあきららしくなってきたね。」


「そうでもないよ、本当はずっと緊張していたんだ。」

「嘘ばっか。」

「今日の千秋は、今までで一番綺麗で輝いて見えるからさ。」

「今までも可愛いかったのよ。」

「そうだよな。」

「そうなんだから・・・。」


と言って、千秋は右手であきらの左腕に手を絡ませて歩いて行った。


沖縄郷土村・おもろ植物園着くと、更に色鮮やかな熱帯の花々が咲いており、見る人を魅惑していた。


二人が沖縄郷土村に来た目的は、その中の高台にあり、樹木がうっそうと茂り、その樹木の間から遠くの海を望むことのできる『ニライカナイの拝所』で、願い事をするためであった。

 

そこで、二人は並んで海に向かって、手を合わせてお祈りをした。


「あきら、今度は何をお願いしたの?」

「もちろん、千秋と結ばれることさ!」

「神様にエッチなこと、お願いしていいの?」

「俺は、千秋を彼女にできるのなら、何でも有りなんだよ。」


それから、上って来た石段を二人で降りていた時、どうしたことか、千秋は、突然つまづいて足を挫いてしまった。


「痛い!」

千秋は両膝を斜めに曲げて石段の上に座り込み、左手で左足の足首を擦っていた。


「大丈夫かい? 左のハイヒールの踵が折れちゃったね。」

「あきらがエッチなお願いするもんだから、私に天罰がきたのね。でも、こんなの平気よ!」

と言って彼女は気丈に立ち上がり、踵の折れたハイヒールの紐を右手の人差し指に引っ掛けて、クルクル回しながら歩き出した。


しかし、びっこ引いていて痛々しく見えたので、あきらは、千秋の前の一段下に進み出て、彼女に背を向けたまま右膝を石段につけて屈み、


「さあ、おぶされよ!」


と言って彼女を強引におんぶした。

千秋は、あきらの肩から両腕を廻して彼の胸の前で腕を組んでいたので、おんぶしたあきらの背中には、千秋の胸のふくらみがしっかりと当たり、あきらは天国へ舞い上がりそうな気分だった。


すると、おんぶされた千秋は、あきらの右後ろから右耳に口を近づけ、

「ありがとう、あきらって、やさしいのね。」

と、つぶやいた。


「お嬢さん、俺にホレちゃいけないぜ! 俺はシャバで暮らせる男じゃないんだぜぃ。」

と照れ臭くなって、冗談で、ヤクザ気取りで返すと、

「だれが、あんたなんかにホレるのよー!」

と言い返されて、胸の前で組まれていた彼女の両腕が首まで上がり、彼女はあきらの首を両手で絞めるマネをした。


そうやって、じゃれ合いながら、代わりのサンダルを買うため、正面ゲートの売店まで千秋をおぶって行ったのだった。


売店に着くと、千秋を背中から下ろしベンチに腰掛けさせてから、あきらが売店でシップ薬とサポーターをもらって来て、千秋の前でしゃがみ込み、それを左足首に丁寧に巻いてやった。


しばらく休んでいるで、二人は、大内ペアと落ち合うことになっていた水族館までは、園内をシャトルバスとして走り回っていた電気自動車に乗って行くことにした。


電気自動車は、ゆっくりと、のどかに園内の遊歩道を下り水族館の入口に着き、あきらと千秋は下車して、チケット売り場の前で、大内君と竹内さんに合流した。


千秋の足首に巻かれたサポーターに気づいた大内君は、

「あれ! その足どないしたん?」

「大したことないのよ。あきらをびっくりさせようと思っただけなの。」

と言いながら、左足を少し上げて、くるくる足首を回して見せた。


「大丈夫そうやね、ほな、行きまひょう。」

そうして、四人で水族館をゆっくり見て回り、夕方となっていたことから、再度電気自動車で正面ゲートに戻り、あきらと大内君はずっと駐車場に待機していたツアーバスに集合時間ちょうどで千秋と竹内さんを送り届け、沖縄旅行の初日は、そこでお開きとしたのであった。


翌日の二日目は那覇市内のナットスポットを案内し、三日目は、朝からオープンカーをレンタルしてあきらと大内君は、アロハシャツを着てサングラスをかけ、那覇市内の大手ホテルヘ千秋達を迎えに行った。


真っ赤なオープンカーをホテルの玄関前に乗り着けると、千秋達を拾ってムーンビーチリゾートへと向かった。


ムーンビーチは白い砂浜が三日月型になっており、その中央部分にあきら達はビーチパラソルを張って、女性陣二人が水着に着替えて来るのを待っていた。


しばらくして、千秋が白い紐のセクシービキニ、竹内さんは赤いワンピースの水着姿であきら達の前に現れたのです。

二人ともプロポーション抜群の自慢のボディを披露したので、周りの男達はみな、目が釘付け状態になっていた。


「二人とも、やってくれるね!」

「何が?」

「その大胆な水着だよ。」

「この水着、沖縄用だけど、どう? 似合ってる?」

と千秋が、自分の腰に左手を当て右手を彼女の頭の後ろにして、まるでプロの水着モデルのようなセクシーポーズを取っていた。


「もちろん、ばっちグーよ。」

「気に入ってくれた?」

「はい、完全に悩殺されてます。」


「じゃー、お姫様とお言いなさい!」

「はっはーっ、お姫様! 召使いの男二人は、このとおり土下座して、お側に控えてございまする。」


あきらと大内君は二人並んで、水着姿で仁王立ちしている女性陣の前で、土下座してみせた。

砂に額をつけていると、

「苦しゅうない、面を上げなさい。」

「滅相もないこって・・・。どうぞどうぞ、デッキチェアーも二つご用意させてもらっておりますし、トロピカルドリンクもございますから。」

と顔を上げて、膝まづきしたまま言った。


「あはは、あなた達、おバカさんね。」

「やってて恥ずかしくなってきたから、もうふざけるのは止めよう。」

男性陣二人が立ち上がり、あきらは千秋のすぐサイドに移動した。


「あきらー、背中に日焼け止めクリーム塗ってくれる?」

「ほいほい、お安いご用ですよー。」

「背中の紐はずしたらダメだからね。」


「分かってるって。でもさー、一度でいいから、生唾ゴックンして、結んである紐、はずしてみてぇ!」

「男の願望って、しょーもないんだからー。」

あきらは、にやけた顔して千秋の滑らかな背中に日焼け止めを塗っていた。


女性陣はデッキチェアーに、男性陣はその側でビーチシートの上に寝そべって日焼けを楽しんだ後、あきらと千秋、大内君と竹内さんのカップル単位で、それぞれ海に入った。


「うわ、青い海・青い空、まさに南国! 私こんな透明度の高い海、テレビでしか見たこなとないよー! 信じられないー! 砂も白くてさらさら! 東京の海なんて砂も水も真っ黒なんだから。もー、感動ー!」


「ははは、そうなんだ。」

「あきら、追いかけっこしよう!」

「よーし、つかまえるぞー! 千秋、まてー!」

「きゃぁー! こっちですよー。」

千秋とあきらは、波打ち際から海の中まではしゃぎ回った。


やっとのことで、あきらが千秋を捕まえ、気がついてみると、そこはもう彼女の背が立つか立たないかのギリギリの深さであった。


あきらは、彼女の腰に手を回して、彼女の首が水面上に十分出るくらいまで抱き上げて、浅い方向へではなく、波打ち際と水平の方向で、同じ深さのところを選んで、泳いでいる人が少ないところまで、しばらくの間ゆっくりと水の中を歩いて行った。


「あきらー、私、カナヅチなの。離さないでよ。」

「へぇー、意外だなー。スポーツ万能で、何でもできるものと思ってたよ。」

「水泳だけは、どうも苦手なのよ。」


「そうか、いい事聞いた! しっかり俺に捕まってろよー。」

「何する気なの?」

「いっぱい息吸ってなー、行くよ。」

 と言うと、あきらは両膝を落とし、抱き上げていた千秋もろともザブンと水中に潜った。


そして、更に強く彼女を両腕で抱き締めながら、水中で目を閉じている彼女の唇に、濃厚なキスしたのです。


水面に顔を上げると、あきらは笑いながら、

「この前、マイ・フェア・レディ見た時と違って、今日はちょっとしょっぱかったね。」


「全く、もー。また抵抗できない状態にしておいてなんだからー・・・。」


「ははは、このままずっといたいけど、喉が渇いてきたし、一休みしようか?」

「おっけー。」

と言って、波打ち際へ向かい、海から上がって自分達のパラソルに戻った。


「あれ、どうしたの? あきら、何、急に黙っちゃって?」

「うほうほ、千秋、胸が透けてるよ。」

「えっ、ほんと? あらやだ!」

と、慌てて両手で胸を隠す千秋に、あきらは自分のTシャツを、

「ほらっ」

と言って、千秋が簡単にキャッチできるよう、彼女の胸にポンと、優しくアンダーハンドで投げてやった。


千秋は、急いでそのTシャツを頭から被りそでを通すと、

「ありがと。」

「ほんとは黙って見てようかと思ったんだけどさー。千秋の乳首、たまんねー! おかげ様で、俺の下半身も元気、元気! 千秋のせいだからねー。」

「エッチ! せっかくポイント上がったのに、マイナスになっちゃうよ、あきら。」


「ひぇ~、お姫様、許してくだせえ! 千秋お姫さま!」

「よかろう、許してしんぜよう。」

「でも、今の格好、まるで超ミニスカートみたいで、可愛く見えるよ。」


と二人は笑いながら、こちらも少し遅れて海から上がってきた大内君達と合流し、しばらくして強い日差しで濡れていた水着が乾くと、四人で連れ立ってビーチサイドのカフェテラスへ、水着のままランチを食べに行った。


四人は午後も沖縄の海を満喫した後、四人は那覇へと戻った。


大内君達二人組は夜の那覇の街へショッピングに繰り出したため、あきらと千秋は国道五十八号線を車で再度北上して、残波岬へと向かった。


残波岬は、崖っぷちに真っ白い大きな灯台が一つだけ建っていて、崖がどこまでも続いており、その崖の上が一面真っ平らに広がって、二七○度のパノラマで東シナ海の水平線が見渡せる、木も全くない、大草原だった。


「ここはムーンビーチと違って岩がたくさんある岬なんだ。人も少ないしね。」

「なにそれー、あきらまたエッチなこと考えてるでしょう?」

「あたりまえじゃないかー、千秋、俺たち知り合ってもう三ヶ月経つし、そろそろ先に進んでもいいじゃん!」


時刻は夜七時半になっていたが、まだ明るかったので、あきらは千秋をだだっ広い公園の岩陰に連れて行き、彼女を強引に抱き寄せ、胸元に右手を差し込みながら濃厚なキスを始めた。


「あきら、ここじゃイヤ! ホテルに連れてって!」


「いいじゃない、ここで。」


「いや!」

「分かった、行こう。」

 二人は黙ったまま、近くのラブホテルに入り、外からは見えない専用の屋内駐車場に車を止めて、部屋の中へ入った。部屋に入ると、彼女はすぐに、

「先にシャワー浴びるね、ちょっと待ってて。」

「う、うん。」


「恥ずかしいから、明かり消しておいてよ。」

と言うと、浴室へと入って行った。


あきらが言われた通りに部屋の照明を消すと、浴室だけが明るく、薄暗い部屋から浴室のドアの曇りガラス越しに、中で服を脱ぎ裸となっている千秋のシルエットを、ぼんやりと見ることができた。


しばらくして、千秋が裸でバルタオルを纏って浴室から出てくると、部屋の中には、あきらの姿が見当たらず、ダブルベッドの上に、あきらの書いたメモ書きが一枚置かれていた。


「今日は、止めとくよ。車で待つ。」


千秋は唖然としてしまった。

急いで服を着て、部屋のドアを開けて出ると、料金は、既にあきらが済ませてあり、すぐ目の前に止めてあるあきらの車の助手席に、千秋は乗り込んだ。


「いったいどうしたの?」

と千秋が怒ったように言った。あきらは伏目がちに、


「やっぱりダメなんだ・・・。」


「どう言うこと?」

千秋は理解できずに気が立っていた。

「そう言われても・・・。」

あきらは、千秋のあまりの剣幕に気後れしてしまっていた。

「ハッキリしないのね!」

「すまない・・・。」

あきらは車のハンドルを両手で強く握り締めたままだった。


「あなたって、肝心な時になると、いつもこうなんだから!」

千秋は吐き捨てた。


「確かに、ここぞって時になると、俺はそうかもしれない。でも、今日のは違うよ。」

「私じゃ、ダメってことなの?」

千秋は、更に強い口調であきらを問い詰めていた。


「そんなんじゃないよ!」

「じゃあ、どうして?」

「どうしてって、ダメだったんだよ、どうしても・・・。」

「どうしてもって?」

「ここでは無理なんだ。」


千秋の執拗な追及に、あきらは下を向き、顔を上げることができなかった。


「分かんない! ちゃんと理由を教えて!」


「ごめん、理由は言えない。でも、千秋のせいじゃない。千秋のこと、すごく好きなんだ。ほんとうだよ!」


あきらは申し訳なさそうに、弱々しい声で言っていた。


千秋は、黙ってあきらを見つめていた。


しばらくして、落ち着きを取り戻した二人は、車で那覇のホテルへと帰って行った。


翌日、千秋と竹内さんは那覇空港から飛行機に搭乗し、大内君もそれから二日後に東京へと戻って行ったのであった。

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