第8話

六月中旬の土曜日に、聖麗女子大とのディスカッションも無事終わったが、千秋とは何の進展もみられない状態が続いていた。


翌日の日曜日の午後、あきらは、久しぶりに三軒茶屋にある隆史のアパートに行き、二階にある彼の部屋に上がり込んだ。


「おおっ! あきら、いいところへ来てくれた。これ見てくれんか?」

と言って、隆史は中サイズの蓋の開いたダンボール箱を見せた。


「お前も知ってのとおり、俺、香織ちゃんと八ケ月くらい付き合って来たけど、先週、突然彼女から、このダンボール箱が送られて来たんだよ。中には、俺が今までプレゼントした物とか、俺が書いた年賀状とか全部入ってるんだよ。これって、どう言う意味なのかな?」


「言いにくいけど、送り返して来たんだから、『これで全てお終い、別れる。』って意味だと思うよ。つまり、隆史は彼女に振られたってことさ。」

「やっぱりそうだよな、そうじゃないかと思ってたよ。」


「でも、どうしてなんだろう? 何か心当たりでもあるの?」

「それが全くないんだよ。本当に突然だったんだよなー。」


「あの娘も、来春には短大卒業してΟLさんになるだろう、その時、隆史は学生のまんま。それが原因だったのかも知れんよ。」


「そうかもな。ところで、今日は何か用かい?」

「俺も、ちょっと相談にのってもらいたいことがあって、来たんだよ。」

「どうした?」


「先月からさ、聖麗女子大のESSの娘と付き合い始めてるというか? 友達以上恋人未満と言うか? 本音のところでは、彼女も俺のこと好きでいてくれてるとは思うんだが、どうもはっきりしない状態が続いているんだけど、どう打開していいものか分からないんだよ。」


と言ってあきらは、千秋とのこれまでの経緯を詳しく隆史に説明した。

「そうか、それはマズイな。このままズルズル行くパターンだよ。決め手を欠いているから、早いとこ彼女のハートに一本矢を打ち込む必要があるだろーなー。」


「具体的には、どうずればいいんだい?」

「そりゃ~お前、自分で考えろよ。人に教えてもらったことを実行しても、結局は意味がないぞ。


本当に彼女が好きだったら、自分で思い悩んで考えて行動しなきゃーいけないんじゃないかい!」

「確かに、そうだよな。」

「お前なら、何か閃くだろう?」

あきらは腕組みして頭を捻った。


「う~ん、この夏休みに沖縄観光ってのは、どうかな?」


「それ行けるよ!あきらの地元の沖縄で勝負かけるなら、相手も旅先で浮かれてるだろうし、うまく行くチャンスは十分にあると思うよ。」


「でも、彼女、費用は準備できるのかな?」

「そんなこと、考える必要ないよ! 今時の女子大生なんだから、本気で沖縄旅行に行きたくなったら、旅費ぐらい、アルバイトして稼ぐとか、親に出してもらうとかして、自分で何とかするはずだよ。お前は、『沖縄いいぞー、沖縄いいぞー。いつでも案内してやるからねー。』って、宣伝だけしてればいいんだよ。」


「そうか、俺は沖縄出身だから恵まれてるのかもしれないな。」

「そうだよ。ここの人間はみんな、沖縄に対して、リゾートに代表されるような、南国のパラダイス的イメージを持っているから、それを利用しない手はないよ。」


「なるほど、沖縄の宣伝ね~。具体的に観光スポットをしゃべった方がいいかな?」

「もちろんだよ。観光ガイドに載ってない、地元の人でないと分からないようなとこなら、もっといい。」


「地元の人が一緒でないと、行けないようなところね。地元の琉星大学に通っている友達にも聞いてみるよ。」


「最低限、去年の夏休みに、俺が一週間、沖縄に遊びに行った時みたいな感じでもいいと思うよ。今年は、ナイトスポット、絶対に外せないから、忘れるなよ!」


そう二人で話し合って、あきらは自分のアパートに帰ったのであった。


六月も下旬になり、あきらは七月前半にある大学の前期試験が始まる前に、千秋ともう一度デートしようと考えていた。


「もしもし、千秋、あきらだけど、今度の土曜日、デートしよう。」

「あら、ストレートね?」

「千秋とデートしておかないと、来月の前期試験の勉強に身が入りそうにないんだよ。千秋とデートしたら、俺、一生懸命勉強に打ち込むつもりなんだ。」


「そう言われると、断れないわね。もちろん、ご希望通りデートしてあげるね。」

「ありがとう。言葉は素直じゃないけど、いつも付き合ってくれて嬉しいよ。」


「あきらだからなのよ。分かってるー?」

「はいはい、これからも手を変え品を変え、お誘い申し上げま~す。」

「よろしい。で、何時にどこで待ち合わせするの?」


「そうだな、夕方四時に新宿駅構内の東口改札内にあるアルプス広場にしよう。」

「了解。映画にボーリング、今度は何?」

「まずは、美味しいもの、食べに行こう。」

「いいわよ。」

「そんじゃあ、楽しみにしてるね。」

と言って電話を切った。


六月の最終土曜日、あきらは千秋を神保町にある天丼の『いも吉』に連れて行くことにしていた。


そこは、あきらの東明大の学生なら、誰でも知っている天丼専門店で、店の中は、テーブル席は一つもなく、木製のカウンターに椅子が十席あるだけの小さな店で、いつも並んで席が空くのを待ってからしか入ることができなかった。


店は綺麗なのだが、女性だけでは、まず入ることはない店なので、聖麗女子大の千秋が行ったことはないだろうと、あきらは思っていたのだ。あきらと千秋の二人は店の外で十五分位並んで待っていた。


「ここはね、メニューが天丼一つしかないんだよ。でも味は抜群で折り紙付きだから、食べてみてね。」


「面白そう! わくわくするわ。」

「『面白そう』って、料理を食べにここに来たんだけど・・・。」

「気にしない、気にしないって。」

「好奇心の強い娘だな。」

「あはは、今ごろ分かったの?」


そう話しているうちに、店の中に入ることができ、カウンターの端の席に隣り合わせで座った。注文するとすぐに天丼が出来上がり、二人の前に出されると、

「どうぞ、召し上がれ。」

とあきらが言って、二人は食べ始めた。


「うわっ、すごいボリュームね。でもたっぷり食べられそう。」

と千秋は言って、天ぷらにかぶりついた。

千秋がこの天ぷらは衣がさくさくして美味しいと言って、ぱくぱく食べるのを見て、あきらは笑ってしまった。


そこへ横から不意に声がした。

「あきらやないか、あれ、千秋と一緒か!」


 大内君でした。その反動で、千秋は食べていた天ぷらを落としてしまった。

「あらら、大内君も食べにきていたのね、びっくり!」


「ごめんごめん、千秋さん、びっくりさせてしもうて。お~い、あきらー、デートの真っ最中やったんかー?」

「見てのとおりさ。」

とあきらはぶっきらぼうに答えた。


「ところで、夏休みに沖縄行くさかい、案内頼むな。」

「ああ、いいよ。スケジュールがはっきり決まったら、知らせてくれ。」


「千秋さんも、沖縄行ってみーへんかー? 竹内さんも一緒にな!」

すると千秋は、

「行こう、行こう。みんなで沖縄行こうね!」


と言って、夏休みの沖縄旅行が、思いもよらないところから決まったのであった

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