第7話
週が明け月曜日になって、あきらが講義を受けようと着席すると、大内君がそばの席にやって来た。
「あれから、どやった? こっちは、うちの学校案内し終わったら、さっさと帰っちまったよ。」
「そうか、俺は、彼女達の女子大を下見させてもらってから、あの娘と二人で昔の映画観に行ってきたよ。」
「なにっ! 映画行ったん? ほんまにうまいことやりよるな~、この男は。で、これからどうするん?」
「それが、どうしていいか俺も分からんのよ、これが・・・。」
「ほなら、今週末にある次の打ち合わせが終わったら、その後、あの娘達と四人でどこか遊び行かへんか~?」
「いいけど、どこに行くのよ?」
「そやな~、まずはボーリングせーへんか? ボーリングは普通四人でやるもんやし、不自然やないやろ?」
「分かった。どうせ俺の方から彼女達に話持ち掛けるんだろう?」
「あたりまえやん!」
こうして、あきらと大内君と千秋に竹内さんの四人で、ボウリングしようという話になった。
金曜日の夕方に四人は新宿の喫茶店ルノアールに再度集まり、両校によるディスカッションを聖麗女子大で行うことを決定し、レジュメの案まで作り上げた。それから、あきらが他の三人に徐に言った。
「これでいいね? 特に問題はないと思います。後は、それぞれ持ち帰って、皆に周知して下さい。」
「分かりました。」
「ところで、これから、四人でボーリングに行きましょう。」
「ボーリングですか?」
「そう、一仕事ついたんで、親睦と行きましょう!」
「そうですね、まだ時間も早いですし、そうしましょう。」
四人は新宿にあるボウリング場へと向かい、ゲームは当然のごとく、あきら・千秋ペアⅤS大内・竹内ペアのミックスダブルス戦を、一投目を女の娘が投げて、二投目を男性陣が投げる形式で行った。
ボウリングを終えると、大内君がちょっと寄り道して帰ると言ったため、あきらは一人で細い路地をあちこち曲がり、甲州街道に通じる大きな通りに出た。
すると、偶然にも、二十メートル位先の歩道を一人で歩く千秋の後ろ姿を見つけた。
あきらは、気付かれないように近づき彼女に追いつくと、不意を衝いて左腕を彼女の肩に回し、もう一方の右手を上げて、通りを走るタクシーを止めた。
そして、あっけに取られている千秋をタクシーの後部座席に押し込み、自分も隣の席に乗り込んだ。
あきらも千秋も、まだほろ酔い加減でいた。
「運転手さん、戸山に向かって下さい。近くまで来たら道案内しますから。」
あきらが、そう運転手さんに告げると、今度は千秋に向かって言った。
「なあー千秋、三十分位時間あるだろう。ちょっとだけ付き合えよ!」
「いいけど・・・。あきら、戸山って、どこ行くつもりなの?」
「どこでもないよ、戸山だよ。」
「はあ~?」
「戸山だよ、新宿区戸山!」
「わけ分かんない!」
「大丈夫・大丈夫、東京都新宿区戸山。」
「意味不明なヤツ。」
「はいはい、もうすぐそこだからね~。」
千秋が煙に巻かれているうちに、タクシーが目的地に到着し、あきらと千秋は、その建物の前に立っていた。
「ここ、教会じゃない。」
「そうだよ。」
「そうだよって、どういうこと?」
「二人で洗礼を受けるのさ。」
「洗礼って・・・。」
「これから二人で礼拝堂に忍び込む。誰にも気づかれないよう、そっとそっと静かに行くからね~。礼拝堂に入ったら、イエス様の像の前で膝まづいて、十字架に向かって礼拝するのさ。そんじゃあ、行くよ。」
「あきれた人ね~。」
「あきらだも~ん。」
そう言うと、あきらは強引に千秋の手を引っぱり、薄明かりの点いた教会の勝手口から建物内部へと入って行った。
どうやら、奥の事務室では、五~六人の信徒がおしゃべりながら何か作業をしているらしく、物音がして騒がしかった。礼拝堂につながる通路には、その事務室のドアから少し明かりが漏れていた。
「しっ!」
あきらは右手の人差し指を立てて口に当て、まるでスローモーションビデオのように、こっそり足音を立てずに、千秋の手を引いて、そのドアの前を細心の注意を払って、通り過ぎた。千秋も声を殺していた。
そして、ゆっくり礼拝堂の入り口の大きなドアを開け中に入った。
ドアを背にしてそっと閉めると、そこは意外と広く、真正面に祭壇があり、その斜め上の壁に十字架が掛けられていた。
いくつもある大きな窓から差し込む月明かりで、礼拝堂内部を全て見渡すことが出来た。
二人は、十字架の直ぐ前まで進み、並んで膝を床につけ、両手を胸の前で合わせ、十字架を見上げた。
それから、小さな声でこっそりしゃべった。
「あきら、神父さん無しじゃあ、洗礼受けられないよ。」
「洗礼を受けるのは止めた、誓いを立てることにした。」
「どんな?」
「俺が言うことを、千秋はすぐに後から復唱して言ってよ、いいね。」
「はい!」
「主よ、私は今まで悪い人間でした。」
「主よ、私は今まで悪い人間でした。」
「これからは、病める時も健やかなる時も」
「これからは、病める時も健やかなる時も」
「変わらず、世の全ての人を慈しむことを」
「変わらず、世の全ての人を慈しむことを」
「ここにお誓い申し上げます。」
「ここにお誓い申し上げます。」
「アーメン」
「アーメン」
そう言って、二人とも右手で自分の胸に向けて十字を切ったのでした。
続けざまに、
「もう一つ、お誓い申し上げることがございます。」
「もう一つ、お誓い申し上げることがございます。」
「私は、主の前で、ここにひざまずく・・・」
「私は、主の前で、ここにひざまずく・・・」
「あきらを彼氏と致します。アーメン。」
「あきらを彼氏と・・・。う~ん?」
あきらと千秋は、お互いに顔を向き合わせ、
「さあ、どうしたの? 早く、神様の前で誓ってよ!」
あきらは千秋を急かした。
「はは~ん、これが目的だったのね。」
「うっ!」
「夜中に教会に忍び込むまでして、何をするのかと思ったら、そこまでして、私に誓いを立てさせたかったのね。」
「バレちゃったか。」
「あきららしい。」
「えへへ、イエス様におすがりしてでも、千秋の彼氏にして欲しかったんだ~。」
すると、突然、礼拝堂のドア越しに事務所のドアが開く音が、ギーッと聞こえてきた。あきらは急いで千秋の手を引き、逃げるようにして、裏口から出て行った。
通りに出て百メートル位走ったところで、
「千秋、今夜のことは他言無用、二人だけの秘密だよ~。」
「当たり前でしょう、人に言える訳ないよ。」
「二人とも酔った勢いだったとは言え、不法侵入に変わりはない。共犯だからね~!
俺と全く同じ、千秋は同罪だよ。」
「あはは、そうね、共犯者ね。スリルがあって、ドキドキしたわ。面白かった~。」
と言って笑っており、二人ともすっかり酔いが醒めていた。
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