第4話

合コンも終わり、女性陣は女性陣だけで帰って行った。

結局、隆史も香織ちゃんを家まで送って行くことにはならず、八重樫君は所用がると言って別途帰宅し、残った男三人でまたもや反省会を、駅前の喫茶店ルノアールで開いていた。


隆史は急に声を改め、

「ところで、あきらよー、知美ちゃんといい雰囲気だったな。今度は、デートで映画にでも観に行ったらどうだ?」


「いや、やっぱり俺は、もう一度、サークルの先輩の友美にアタックするつもりだよ。まだ、正式に断られた訳じゃないしね。」


とあきらが静かに答えると、隆史は意外そうな顔をして、

「おいおい、マジかよ? 今日の知美ちゃんじゃなくて、あっちの友美ちゃんにかよ?」

「そう、あっちの友美ちゃんだよ。」


「うーん、普通、サークルの先輩の女は、同じサークルの後輩の男とは付き合わないよ。そんなこと、有り得ないぞ! 無謀な気がするけどなー。亅


「悪い事言わん! こっちの知美ちゃんにした方がいいぞ、可愛い娘じゃん。」

とあきらを諭していたが、あきらは、隆史の言わんとするところを十分承知していた。


「確かにこっちの知美ちゃんは可愛い娘だよなー。でも、俺は、あっちの友美に全く可能性がない訳じゃないと思うんだよ。」


「よく考えてみろよ。そりゃあ、うまく行けばいいよ。反対にダメだったらどうする?亅

「これからサークル活動続ける毎に顔合わせるんだぞ、お互い気まずくなるだろう。リスク高すぎねーかい?」


「そりゃそうだけど、その時はその時さ。」

「止めといた方がいいって。このままうやむやにしとけば、普通にサークル活動が続けられるよ。」


「それもずっと考えてた。ここんとこ、ダンスパーティーや合コンに行って、こっちの知美ちゃんと色々接してみた。


目の前には笑顔の知美ちゃんがいるのに、俺の頭のなかには、ずっとあっちの友美がいたんだ。たとえダメでも、このままじゃー、きれいさっぱり吹っ切ることができそうにないんだ。」


「ほんとに、お前は馬鹿だよ!」


川相君は、あきらと隆史のやり取りをずっと黙って聞いていた。


そして第二回目の反省会が終わり、三人はそれぞれのアパートに帰って行った。


十月になり、第二週目の三連休には、あきらの大学でも学園際が三日間行われた。あきら達の英会話サークルは、ご多聞に漏れず、一・二年生だけで、焼きそばの出店をキャンパス内に出すことになった。


あきら達男性陣がテントを張り、鉄板とガスボンベを設置して、机や椅子を並べて、女性陣は、テントの中で野菜等の食材を細かく刻んで、焼きそばを焼く係りとお金の受け渡し、接客係りを担当することになっていた。


会場の設営が終わると、手持ち無沙汰になった二年生の男子部員達は三々五々、いつの間にかどこかに姿を消し、残ったのは、店の営業に当たる一・二年生の女子部員と、テントの側で待機している一年生の男子部員だけであった。


女性陣はみな頭に白い三角巾を巻き可愛いエプロン姿で、あきらも心ウキウキ状態だった。

もちろん、あきらにとっては二年生の友美が一番綺麗で、その姿を目で追ってしまっていた。


初日は土曜日だったせいもあり学際は大盛況で、焼きそばが美味しいせいなのか、売り子たちの女子部員が可愛らしかったせいなのか、大人気で、夕方には売り切れ寸前になった。


野菜を刻む人手が足りなくなったので、あきらはテントの中に入って手伝うことにした。ところが、あきらは料理などしたことがなかったので、危なっかしい手つきで包丁を握っていた。


と、その時、慌てた一年生の男子部員の一人があきらの背中にぶつかってしまい、一瞬のことだった、右手に持った包丁が滑った瞬間、あきらの左手の手のひらをスパッと一直線に切ってしまった。


あきらは、気が動転して、我が身に何が起こっているのかも理解できず、ただ立ち尽くしていた。


「わー、あきらの手がー!」

「血がいっぱい出てるよーー!!」

「なんかタオルは?!」

「タオル?汚いタオルしかないよー。」

廻りは、どうしていいか分からずにパニック状態になった他の部員で、あっという間に大騒ぎになった。


すかさず、あきらの所に飛んできた友美は、出血の状態を見て、すぐに、後ろのテーブルの上にあったティッシュの箱からティッシュペーパーを何枚も鷲掴みにして取り出すと、落ち着き払って、あきらの流れ出る血を拭いてあげてから、さらに取り出したティッシュペーパーの残りをさっと折り重ね、傷口に押し当てた。


そしてさらに、もう一方の手で、彼女が頭に巻いていた白い三角巾をはずし、その押し当てられたティッシュペーパーの上からあきらの左手の手のひらを、包帯代わりにぎゅっときつく縛り、止血しようとした。


しかし、傷は思ったより深く出血はなかなか止まらず、堅く縛った白い三角巾が見る見るうちに、まっ赤に染まって行った。


「あきら君、早く病院に行ったほうがいいわ。縫うことになるかもしれない・・・。」

「は、はい。」

あきらはようやく我に返り、あまりの痛さで、それしか返事ができなかった。


幸か不幸か、その時は、ほとんどが一年生の女子部員であったため、リーダー格の友美先輩が、てきぱきと、うろたえているだけの他の部員に指示を与えた。


大急ぎでタクシーを呼び、その日は土曜日の夕方で、救急しか開いていなかったことから、あきらを近くの救急病院へ付き添って連れて行ってくれた。


救急病院で、傷の手当てが終わり、包帯でぐるぐる巻きの状態になった左手を右手で抱え、あきらが処置室から出てくると、友美が待合室で、心配そうに立ったまま待ち続けていた。

病院の受付から支払いまで、あきらに代わって、全て友美先輩がやってくれていたのであった。


あきらが友美のそばに歩み寄ると、二人はソファーに並んで腰掛け、

「あきら君、傷、まだ痛む?」

「いや、麻酔が効いてるみたいで、全然痛くないです。」

「そう、良かった。一時は心配したけど、これでひとまず安心できるわー。」

「どうもありがとうございます。自分は右利きですから、そう不自由はないと思います。」


「それにしても、今日は、とんだ事になってしまったわね。」

「いえいえ、自分も不注意だったんですよ~。」

「すいませんね、治療費もタクシー代も友美先輩が立て替えてくれたんですね。今日は持ち合わせがないもんですから、近いうちにお返ししますね。」

「いいのよ、ゆっくりでいいから。その傷が治ってからで・・・。」


「友美先輩は、やっぱり頼りになる人ですね~、痛感しました。」

「そうじゃないのよ。内心は、何の確信もなく、無我夢中で思い付くことやってただけなんだから~。」

「へぇ~、そうだったんですか~? そうは見えなかったです。」


「自分がしっかりしなくちゃーって、無理して強がって見せてたけど、本当は不安でたまらなかったのよ。」

「友美先輩は、きっといい奥さんになりますね。」

「あら、そう?」

と言って、二人で笑っていた。


結局、全治一ケ月の怪我になってしまったが、あきらは何だか幸せな気分でいたのであった。


十二月になって、手の傷が全快したあきらは、サークルの終わった帰りに、怪我した時に友美に立て替えてもらっていた治療費とタクシー代を返そうと、封筒に入れた現金を差し出した。


「九月に新宿住友三角ビルのレストランでおごってもらったから、これでおあいこね。」

と言って、笑って受け取ろうとはしません。


それで、あきらは、友美への御礼と再アタックを兼ねて、映画に誘うことにした。


あきらには、友美との仲をさらに深めて確実なものにしたいという気持ちがあったのだ。


「友美先輩、怪我したときの御礼と言っては何ですけど、今度一緒に映画観に行きませんか? 主演の女優さんが友美先輩に似ていて、凄く綺麗なんですよ。」

「映画女優さんに似てるだなんて、誉め過ぎね。私、そんなに綺麗じゃないわよ。」

「でも、主題歌も気に入ってるし、評判の映画だから観てみたいわね。」


「では、今週末に行きましょう。自分にとって友美先輩は、映画の有名女優さん以上だと、勝手に思ってますからね。」

「ありがとう。」

お金も受け取らず、御礼も拒否するのは良くないと思ったらしく、友美先輩は、すんなりΟKしてくれた。


当日、あきらは、友美のアパートの最寄駅の改札で待ち合わせして、電車で新宿まで行き、歌舞伎町にある映画館に向かった。


あきらが、嬉しさとドキドキ感で浮ついていると、映画は、主演の女優さんが暖炉の前で相手役と裸で結ばれるシーンが映し出された。

友美は、まあ、とか、きゃ、とか言って、あきらに手を絡ませてきた。


うぶなあきらは、ドキドキしていたせいかどうしていいのか分からなくなって、思わず手を引いてしまった。その後も、友美はまるで熱々の恋人同士のようにあきらの腕に手を絡ませていた。


そうしているうちに、突然あきらは、

「友美先輩、のど沸きませんか?何か飲み物買ってきます!」

と、言って友美の腕を振り解き、売り場まで走って行った。


あきらは、他の娘に対してはそうでもないのに、友美のことが本当に好きで大事に思うあまり、まだ友美から返事を貰っていない段階で、たとえ手を繋ぐという行為であっても、神聖な友美を汚してしまうような気がして、抵抗があったためだった。


映画が終わり、映画館を出て二人は新宿中央公園まで歩いて来た。

あたりは暗くなり西口の高層ビル群の照明が点灯されていて、迫力満点なのに、なんとも幻想的でロマンティックな雰囲気を醸し出していた。


周りには、恋人同士と思われるカップルがいっぱいいて、目のやり場に困るくらいイチャイチャしていた。


そして、友美があきらに言った。

「あきら君、そこのベンチに腰掛けましょうか?」

「そうですね、座りましょう。」

友美はベンチに腰を下ろし、綺麗に両足を左斜め七十度で揃えていた。


二人で高層ビル群のイルミネーションライトやビルの上層部の窓明かりがもれている情景を見上げていると、友美が消え入りそうな声で呟いた。


「綺麗な景色ね、まるで夢のようだわ。」

「そうですね、ほんとうに綺麗だ。」

あきらは、彼女の方に顔を向け答えた。


「日が落ちて寒くなってきたけど、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、防寒対策で十分厚着して来ましたから。」

「そうね、ずいぶん着込んでいるわね。」


そして、友美は少し微笑んでから、ちょっと真剣な表情になって、

「あきら君、四月からは、お互いキャンパス違って、顔を会わせる機会も少なくなっちゃうわね?」

「一・二年と三・四年は別々のキャンパスですから、仕方ないです。」

「やっぱり、仕方ないよね。」


「そうそう、友美先輩、来月は成人式ですけど、成人の日に振袖、着るんですか?」

「女性はみんな、この日のために、ずいぶん前から準備しているからね。」

「友美先輩の着物姿、見てみたいな~。きっとこの景色よりも綺麗なんでしょうね。」

「ありがとう。あきら君は、もう将来のこととか考えてるの?」


「いいえ、まだ全然考えてません。大学に入るの、本当に大変だったものですから、今はその反動ではじけちゃって、学生生活を楽しむことしか考えてません。」

と、照れくさそうに言うと、


「そう、そうよね。まだ一年生ですものね。」

と、友美はポツリと言った。


友美は、普通の二十歳の大学二年生とは違って、はるかに大人の女性だったのです。

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