第21話 想像を力に変えて

 浮遊する岩だらけの狭間の空間が、まるで生き物のように軋む音を立てていた。僕は大きく息を吸い込み、すぐ近くから聞こえるガルスさんの苦痛まじりの唸り声に意識を向ける。


「ガルスさん、ちょっと待っててっ!」


 僕はそう言い捨てると、すぐに剣を鞘へ戻し、両手に力を込める。どうにかしてあの拳を砕く必要がある……けれど、生半可な攻撃で岩を叩いたところで、表面にヒビひとつ入らないかもしれない。ならば――


(強烈に、硬い岩を一気に粉砕する“槍”を……!)


 左手が熱くなるのを感じる。今までも似た感覚は何度かあったけれど、これほど鮮明に「槍」をイメージしたことはない。すると、手のひらから生じた紅蓮の光がしゅうっと空気を焦がすように集まり、先端が鋭く尖った真紅の槍が、まるで生まれ落ちるみたいに姿を現した。槍の軸はほどよい長さで、燃えるような赤い輝きを放っている。


「出た……! これなら、イケるかもしれない!」


 驚きを噛み殺しながら、僕は即座に速度を上げて、ガルスのいる岩拳へと突進する。浮遊岩がぐらりと揺れ、足元が安定しないが、今の勢いなら躊躇している場合じゃない。ジャンプの反動で身体を少し浮かせ、狙いをつけた根本部分へ紅蓮の槍を思いきり叩きつける形で突き刺した。


 パキパキと内部から砕ける手応えと同時に、岩の拳がぐらりと崩れ始めた。固い岩石なのに、まるで薄い壁紙を破るみたいに赤い穂先が入り込んでいく。槍が熱を伝えたのか、表面を伝う黒い液体がシュウッと蒸発するようにも見えた。ガルスさんはその隙にぐいっと腕を捻り、拳の壁をこじ開けるようにして抜け出す。


「助かったぜ……! おまえ、なかなかやるじゃねえか……!」


 ガルスさんが肩からどさりと地面に倒れ、すぐに荒い息を吐きながら大剣を握り直す。僕はほっと安堵を覚えるが、すぐに意識を切り替えた。次は、沈みかけのレアラを助けないと。


「ガルスさん、もう大丈夫ですか?」

「おう……俺は平気だ……くそっ、骨が何本かいかれたかもしれねえけどな……早く行け、アイツを……!」


 ガルスさんは顔をしかめながらも、歯を食いしばって苦痛を押し隠している。あの強靭さを見習いたいけど、今はそれより、黒い液体の濁流で飲み込まれかけているレアラが最優先だ。僕は左手の槍を名残惜しそうに見下ろすが、これで黒液を洗い流すのは不可能だろう。というか、むしろ危険かもしれない。


「武器じゃなくて、水を……!」


 さっきレアラが生み出した濁流思い出しながら、今度は心の中で大きな水の塊を想像していく。紅蓮の槍が溶けるように光の粒へ戻り、空いた左手にひんやりとした感覚が生じる。次の瞬間、僕の目の前に、盛り上がるほど凝縮された水塊がぽっかり現れた。


「やっぱり、こういう使い方も……できるんだな……」


 自分の能力に少し呆れながらも、レアラのもとへ急ぐべく浮遊岩を駆け回る。そこには、黒い液体に沈んだレアラの姿があった。狐耳がべったり汚れ、呼吸すらままならない状態だ。


「はぁぁぁぁっ!!」


 僕はその水の塊を渾身の力でレアラの近くへ投げ込む。バシャッという音を立てた瞬間、水が大きな渦を巻き起こし、粘りついた黒液をまるで洗濯機が回すかのように剥がしていく。


 レアラは濁流の残滓が薄まったおかげで上半身を引き起こし、苦しそうに咳き込む。僕は駆け寄って彼女の腕を引き、何とか岩の安定したところに座らせた。


「レアラ、大丈夫……? ごめん、もっと早くに――」

「はぁ、はぁ……いえ……助かったわ、マコト……ありがとう……」


 息絶え絶えの声だけど、かすかに笑みを浮かべているように見える。狐耳が黒い泥だらけになってしまった姿が痛々しいけれど、とりあえず意識ははっきりしていそうだ。僕はほっと胸を撫で下ろし、彼女の背中を支えるようにして支えつつ、周囲を伺う。


「だけど……まだ終わってないよな」


 遠目には、岩の巨体がうごめいているのが見える。さっきの一連の救出劇で人型ハイジンはだいぶ数を減らしたらしいが、巨大な岩のハイジンの姿はご健在だ。かすかにひびが入っているけれど、これを放置していたらまたすぐ黒液を噴き出すだろう。

 ガルスもレアラも、体力はもう限界ギリギリ――なら、僕が止めを刺すしかない。


「レアラ、ちょっとだけ休んでて……ガルスさん、いけますか?」

「おうよ、骨何本かイカれたが、まだ斬れる……ぶっ倒してやろうぜ!」


 ガルスさんがニヤリと笑う。その様子に、レアラが尻もちをついたまま苦笑いしながら、仕上げを僕らに託すといった視線を向けてくる。


「あの化け物、あんたたちに任せるわ……」


 彼女の声は震えているが、瞳にはまだ消えていない力が宿っている。じゃあ、やるしかない。僕は改めて剣の柄を握ってみたが、どうせなら一発で岩を砕ける武器がほしい……僕は頭の中でイメージをはっきり固める。


(岩を容易く砕ききる、強力なハンマーを……!)


 胸が熱くなると同時に、剣が光の粒となって消えていき、かわりに両手にずっしりとした金鎚のような武器が生まれる。輝きは紅蓮とも違う、どこか神聖さを帯びた眩い色彩をしていて、その姿を見たガルスさんは目を丸くした。


「おいおい……どうなってやがるんだ、お前の魔法は」

「僕だって、よく分かってないんだ。けど、これでやるしかない!」


 ハンマーを試しに軽く振り下ろすと、空気がバチバチと鳴るような衝撃が走る。確かにこれなら、一撃で岩を真っ二つにできるかもしれない。僕はガルスさんと視線を交わし、守護者の方へ駆け出す合図をとる。彼は苦痛に耐えつつ大剣を構え直し、頼もしげに笑った。


「よし、行くぞ! 俺がひびを入れるから、おまえがとどめだ!」

「はいっ!」


 僕らは揺れる足場を強引に踏みしめながら、巨大岩ハイジンへと突っ込んだ。先に動いたのはガルス。大剣を低く構え、勢いをつけて横一閃に振り払う。刃が岩肌を斜めに削り取り、そこへさらに肘を打ち込んで力を加えるという荒々しい戦法だ。ゴリゴリと不快な音が鳴り、確かに浅い亀裂が広がった。


「ガキ、今だ!」


 ガルスさんが後ずさると同時に僕はハンマーを胸の位置で構え、息を一気に吐き出す。ひび割れがうっすら見える部分に狙いを定め、両足で地面を蹴って飛び上がる。ハンマーを振り上げ、渾身の力で叩きつけた。


「これで終わりだぁ……ッ!」


 ドガンッという轟音が狭間全体を震わせた。衝撃は放射状に岩の内部へ走り、巨大岩ハイジンの表面が一気に崩れ始める。砕けた破片が宙を舞い、黒液もぷしゅうと噴き出しては宙で霧散していった。そのまま岩の巨体は重心を失うようにぐらぐら揺れ……やがて轟音とともに大崩壊を迎える。破片が散弾のように周囲を飛んでいくが、僕は何とかハンマーを盾代わりにしてかがみ込み、直撃を避けた。


「はぁ、はぁ……やった……のか……?」


 ハンマーを握ったまま膝を突くと、ハンマーは再び光の粒となって消滅した。隣を見るとガルスが大の字で倒れ込み、胸を上下させている。遠くにはレアラが膝立ちの姿勢でこちらを見守っていて、盛大なため息をついたように見えた。


「フフ……なんとか、勝った、わね……」


 彼女が口を開くと同時に、周囲の人型ハイジンも黒液ごと溶けるように消えていくのが見える。

 ガルスが荒い呼吸をつきながらも、勝ち誇ったように笑う。


「へっ、あの化け物め……最後はいい面さらせなかったな……いてて……」

「大丈夫、ガルスさん? 骨、折れているでしょ?」

「まあ、折れててもくっつくだろ……生きてりゃ文句ねえ……」


 肩を痛そうに回すガルスさんを見て、僕は安堵する。いずれ治癒魔法が効くか分からないが、とにかくここで死なずに済んだ。その事実だけで今は十分すぎるほどありがたい。レアラも泥まみれの狐耳を気にしながら近づいてくる。


「助かったわ、マコト。あんな巨大岩を砕くなんて……想像以上の働きね。あなたのその力……魔法にしては自由自在ね」

「僕自身も、よく分かってなかったんだけど……できる気がしたんだ」


 会話に混じりながら、僕は浮遊岩の上に腰を落とす。全力で魔法(?)を連発したせいか、身体が鉛のように重い。少し油断すれば意識を飛ばしかねない。そうはいっても、二人を助けられた充実感で心は満たされている。


「とりあえず……あの守護者は消えたわね。これでコアが破壊できる」

「ああ……だけどコアを破壊したら、間違いなくこの狭間は崩れるだろ? そうなる前にちょっと休もうぜ……流石に疲れたぜ」


 確かにガルスの言う通りだ。

 前回と一緒なのであれば、この後コアを壊したらこの空間の崩壊が始まる、そしたらまた走らなくてはならない。


「それもそうね……。走り回るのはもう懲り懲りだけど」


 レアラが苦笑いするのに合わせて、僕たちは視線を交わす。血と泥と疲れにまみれながら、それでも背筋に熱がこみ上げてくるのを感じた。

 先はまだ見えない。けれど、ここにいる僕らなら、もう一歩踏み出すことができる気がした。手強い存在に打ち勝ち、共に危機を乗り越えてきた仲間がそばにいる――こんな心強いことはない。

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死んでも諦めない! 滅んだ世界の青年がアンデッド転生したら、ネクロマンサーの狐獣人と英雄を目指すことになりました 井浦 光斗 @iura_kouto

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