おにいちゃんせんせい

藤泉都理

おにいちゃんせんせい




 春休みに入ったぼくの家に電話が来た。

 幼稚園は同じだったのに別の小学校に通う親友の小松君からだ。


 小松君の小学校の先生がぼくの小学校に来るんだって。

 ぐるぐる右手に包帯を厚く巻きまくっている、とても背が高い先生だって。

 あの右手は鬼を封印しているんだって。

 鬼が封印されている右手で生徒に悪さをする妖怪を退治するんだって。

 薄気味悪い笑いをする先生だけど、川から陸に上がったばかりの不気味な河童みたいに見えるけど、生徒想いのいい先生だって。


 いいなあ。

 小松君はぼくをめちゃくちゃ羨ましがった。

 いいなあ、吉田くんはこれからバトルとホラーとスリルの毎日を送れるんだもんなあ。

 いいなあ。


「いいなあ。じゃないよ小松君!!! ぼくが妖怪嫌いなの知ってるよねっ!? ホラーとスリルが嫌いだって知ってるよねっ!? ぼくが好きなのはラブアンドピースだって知ってるよねっ!? バトルとホラーとスリルの毎日なんて絶対に嫌だよっ!!!」

「大丈夫だよ。吉田君。桜崎先生に会えば、妖怪とホラーとスリルが好きになるって」

「嫌だよ好きにならないよ!!!」

「まあまあまあ。落ち着いて、吉田君。桜崎先生のクラスにならなければ大丈夫だって。バトルとホラーとスリルの毎日は桜崎先生のクラスしか送れないんだって。ああもう、何で先生は吉田君の小学校に行っちゃうんだよ!!! 俺、校長先生に直談判したんだよ桜崎先生が担任のクラスにしてって!!! なのにさあもう五年間桜崎先生のクラスにしてくれなくてさ六年生は絶対にって思ってたのにっ!!! あっ。転校しちゃおうっかなあ。うん。そうしよう!!! 俺お母さんに頼んで来るね!!! じゃあ、小学校で会おうね!!!」


 またねって言う前に、小松君は電話を切った。

 小松君と同じ小学校に通えたら嬉しいけどさあ。

 転校なんて無理に決まってるじゃん。

 ああもう。嫌だよ本当に桜崎、先生だっけ。

 妖怪怖いよ。嫌だよ絶対に嫌だよ。

 春休み宿題がなくてラッキーだけど、習い事をしまくっている友達と遊べないからアンラッキー、だけどお母さんもお父さんも仕事でいなくてゲームし放題だからやっぱりラッキー、小学校が始まるまでゲームをしまくって、友達を驚かせようって思ってたのに。

 ああもう、永遠に春休みが続けばいいのに。











「奏斗。ほら。挨拶をして。あんたの新しいお兄ちゃんにして、担任の先生になる桜崎権兵衛先生よ」

「えっ?」

「ほら。お父さんには一人息子が居るって言ってたじゃない。それが、桜崎権兵衛先生なのよ」

「えっ?」

「私とお父さんが再婚してから、一度も会った事がなかったものね。いきなりお兄ちゃんって言われても困っちゃうだろうけど。とても頼りになる人なのよ。桜崎権兵衛先生はね、修験道を極めた人。すんごい人なの。だから、安心してあんたを任せられるわ」

「えっ? えっ? えっ?」

「お母さん。お父さんと遅めのハネムーンに行ってくるから。あんたが春休みの間だけね。その間、桜崎権兵衛先生。ううん。今は、お兄ちゃんがいいわね。お兄ちゃんがあんたの世話をしてくれるから。おじいちゃんとおばあちゃんも旅行中でいないからね。お兄ちゃんと仲良くするのよ。いいわね」

「えっ? ちょっ。おか「じゃあ、権兵衛。奏斗をよろしくね」

「でゅふふふふ。任せてください。私が責任を持って、奏斗を守ってみせますから」

「さすがお兄ちゃん! 頼りにしてるから! あっ。そうだ。明日から小松君が泊まりにくるから。小松君の両親も久しぶりにイチャイチャしたいから旅行するんだって。よかったわね。ごめんね。権兵衛。小松君もよろしく」

「おか、」


 昼に帰って来たお母さんは慌ただしくそれだけ言うと、キャリーバッグをひいて玄関から出て行ってしまった。

 ぼくと桜崎権兵衛先生を二人きりにして。


「でゅふふふふ。奏斗クン。よろしくね。二十歳も年が離れているし。お兄ちゃんって呼ぶのが嫌なら、先生でもいいからね。私、奏斗クンの担任になったんだよ。あ。ところで、奏斗クンは妖怪は好きかな?」


 ぶんぶんぶんぶん。

 大きな空気の音を立てながら首を振った。

 そっかあ。

 桜崎権兵衛先生はしょんぼりした。

 不気味なイメージが少しだけ少なくなった。


「妖怪って怖いイメージがあるかもしれないけど、お茶目な妖怪もいるんだよ」

「で。でも。怖い」

「そっか。じゃあ。うん。奏斗クンには妖怪が見えないようにするから安心してね」

「………先生。ごめんなさい」

「ううん。謝らなくていいよ。苦手なものは誰にだってあるから。私こそごめんね。妖怪を引き寄せてしまう体質でね。急に変な動きを取ったり話し始めたりして怖がらせちゃうけど。絶対に、奏斗クンには指一つ触れさせないから安心してね」

「………うん」

「お腹すかない? 私が今からご飯を作るよ。手伝ってくれるかな?」

「うん」


 不気味だけど、怖い人じゃない。と思う。

 春休み中に少しでも仲良くなれたらいいかも。なあ。




(へへ。お兄ちゃん。かあ)











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おにいちゃんせんせい 藤泉都理 @fujitori

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