白波の夢で待ってたかもしれない

鯛谷木

本編

 積もった雪と波飛沫にまみれた崖ギリギリの無人駅のホーム。吹き付ける強い海風はざらざらした潮の匂いがしてひどく懐かしい。この海沿いの田舎町に再び来ることがあるなんて、思いもよらなかった。それもそのはず、とっくの昔に祖父母は他界し、かつて私が住んだ家は空っぽのまま放置されているのだから。じゃあ、どうしてわざわざそんな所へ来たのか。それは8年前の約束を果たすため……私は今日、仲の良かった3人で埋めたタイムカプセルを掘り出すのだ。

 思い出したのは偶然で、大した準備もなく高速バスの予約を取った。揺れる車中、親に事情を話すことが頭をよぎったがどうせ庭を掘るだけだ。大した許可も鍵もいらないはず。そうこうしているうちにバスは都会にたどり着く。ここから電車を乗り継いで、ほとんどSuicaの残高を空にしつつ、わざわざこの土地までやってきたのだった。

 明らかに人の少ない住宅地を迷いながら辿りついたあの家は、思ったよりも綺麗なままそこにあった。昔よりも少し小さいように感じるのは、私が大人になったからなのだろう。

 しばらく待ったが誰も来ない。仕方がないので自分だけで進めることにした。どうせ物品が出てきてから連絡先を探すつもりでいたし、こんな事態も織り込み済みだ。

 ここ数日の寒波のおかげか膝上くらいまで積もった手付かずの雪を踏みつける。じわじわ道を作りながら裏庭の大きな木の下へと回り込む。屋根から落ちた雪を簡単にどかし、土へとシャベルを突き立てる。万が一を考えて大きなものを買ってきて正解だった。足を乗せて地面へしっかり食い込ませ、後ろに砂を飛ばす。単純な作業の繰り返しに、だんだんと無心になっていく。ひたすら土を掘っていると結構な深さになった。上を見るとそろそろ昼なのか、じんわりと雲間から顔を出した太陽がこちらへ暖かな光を投げかけてきていた。ここまでやっても出てこないなんて……。もしかしてタヌキか何かが既に掘り出してしまったのだろうか。貴重な休日をこんなことに費やして、ただの馬鹿なんじゃないか。

 突然、衝撃と共に目の前が暗く塞がれる。頭を振ると視界がクリアになった。目下は白に覆われている。これは……日光で緩んだ雪が落ちてきたのか。すっぽりはまってしまい、手も足も出ない。もぞもぞと動くことすら叶わず、指先からはだんだんとひんやりした温度が伝わってきた。

「……はは」

かなりまずい状況なのにやたらと冷静なのがおかしくて、笑いが漏れた。明日の仕事どうしようとかやっぱ誰かに行き先くらい連絡しとけばよかったとか、今更なことを考えてしまう。さすがに誰もいないなんてことはないはずだし、叫んで呼びかけてみようか。できる限りの息を吸い、声を出す。

「助けて!助けてーー!!」

辺りはしんとしたままだ。そんなぁ。

「誰か、誰かいませんか!!埋まってます!!」

繰り返し叫ぶ。大声で酸欠になったのか、はたまた血の巡りがおかしくなってきたのか、頭がやたらとクラクラする。これが噂の寝たら死ぬぞってことかな。唇を噛んでなんとか気持ちを保とうとするが、視界が揺れて途切れそうになっていく。もう、ダメなのか。

 そうなると、最期に思い浮かぶのはやはりタイムカプセルのことだ。小学生のころ引越しが決まった友に永遠を誓って埋めたんだっけ。いや、私立の中学に行くんだったような。それは高校の話か。どうしよう、思い出せない。名前も顔もあやふやだ。ただそんな約束があった気がすると、私はそれだけでここまで来てしまったのか。みんなが来なかったのも、ひとりだけ日時を間違えたとか?うわ、ありえる。ホントどうしよ。再会を楽しみに来て目にするのが私の遺体とかあまりにも悲しすぎるって。それならいっそ全部妄想だったオチがいい……なにもよくない……ああ。バカみたい。

 気がつくと私はあの駅のベンチに座っていた。目に映る紺色のスカートは中学のころのものだ。ああ、これはきっと走馬灯。それとも全て都合のいい夢だったのだろうか。だとすれば、どっちが現実?

「輝く星、実はあれって全部まやかしなんですよ。地味でぼやけてて取るに足らない灰色、それが真の星の色」

荒れる北の海を背にしたあの子の言葉。私と同じ制服を着ている。ひきつづき何かを喋っているようだが、顔を上げた私が聞き取れたのはそこだけだった。ひときわ強い風が吹き、ろくに整えられていない波打った髪が彼女の顔を遮る。それがなんだかひどくみじめに感じた私は、岩に砕ける波のしぶきへと目を逸らした。

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白波の夢で待ってたかもしれない 鯛谷木 @tain0tanin0ki

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