金色の野

玄栖佳純

第1話

 ―― その者 青き衣をまといて 金色の野に降り立つべし


 アイドルと聞いて、その言葉を思い出した。

 風の谷のナウシカに出てくるシーンで、ナウシカが異国の青い服(王蟲の血に染まった服)を着て、王蟲の金色の触角によって救われた。

 あの名場面である。


 それには高校の時の友人Mが関わっている。友人Mは軽音楽部をよく見に行っていた。楽器を演奏するのではなく、聴くのが好きな子だった。


 メジャーではなくてインディーズと呼ばれるバンドが好きらしい。その違いが私はよく分かっていない。ウィキとかで調べる文言も違う気がする。彼女の行動を見ているとそう思ってしまう。


 高校を卒業しても友人Mとはよく遊んでいて、彼女が好きなバンドの地方遠征に何度か連れていかれた。いわゆる『おっかけ』という物だったらしいが、それも私はよくわかっていない。彼女を見ているとその常識も覆される気がした。


 私は旅が好きだったので一緒に行っていただけだった。

 友人Mが好きだったバンドの音楽は嫌いではなかったが、彼女と私の『スキ』は違うように思えた。


 心地よい音だが「キャー」にはならない。

「カッコイイの、カッコイイの。二の腕が!」にはならない。私はせいぜい三十路の半ズボン姿を見て「稲葉さんの御美足おみあし!」程度である。


 彼女の「二の腕」が私にはわからないし、彼女にも私の「おみ足」は伝わらない。お互いに相手の熱狂ぶりを見て、特に何も言わない。肯定もしないし否定もしない。ただのスルー。


 人にはそれぞれ好き嫌いがあり、一致しないからといってそれに文句を言うのは人としてよくない。一致すれば楽しいかもしれないが、異なることによって友人を非難するべきではない。一致すればしたで諍いの原因にもなり得るものである。


 自分が気に入ったからと言って、それを他者に押し付けてはいけない。押し付けるのではなく、布教はまあ悪くはない。それで気に入ったのなら皆が嬉しい。布教と言っても宗教の布教ではない。そこは間違えないで欲しい。微妙に違っている。

 それはいいとして。


 友人Mに誘われたライブで、私が熱狂するバンドはなかった。実は、友人Mのバンドを見分ける嗅覚はたまにすごかった。彼女が二番目に気に入ったバンドはその後みるみる人気が出るらしい。しかし一番気に入っているバンドはそうでもないらしい。


 友人Mが自分でそう言っていた。自分で言っていただけだから、私はよくわかっていない。でも、そのとおりかもと思うことは度々あった。

 彼女の推しのバンドはあまり知られていなくて、「これ、気に入ってる」程度のバンドは大人気になっていた。有名バンドのレアグッズをいっぱい見せてもらった。


 友人Mの音楽に対する熱意はすごかった。そういうのは関わっているとわかる。形だけか中身が伴っているのか。私も友人Mくらいの熱意はないが、嫌いではないバンドのライブは楽しかった。


 あそこまで熱狂はできないけれど、連れていかれてわりと楽しんでいた。無理やり連れていかれて棒立ちしているわけではなくて、その場の雰囲気を壊さない程度のそれなりの音楽鑑賞の姿勢はできていたと思う。……たぶん。


 ちょっと引くけど『この人たちのことが好きなのね』という気持ちで温かく見守れた。音楽は悪くなかった。むしろ素敵だった。

 ただ、とっても熱狂している人が近くにいると、覚める。


 そして、遠出ではなく近場のライブハウスに連れていかれた時だった。ソロのライブではなくて、いろいろなバンドが出ているライブだった。


「いい席を取りたいから、出番の前に行こう」と、友人Mの目的のバンドの2番くらい前のバンドの時に会場に入った。一般的な広さのライブハウスだったと思う。学校の教室ぐらいの広さだったのではないか。連れていかれただけだったから、詳しいことは覚えていない。


 その時は、前のバンドが終って次のバンドに交代して舞台装置を変えている感じだった。バンドが変わるとお客さんも入れ替わる。


 ただ、客席に違和感があった。

 客層が、いつもと違う。


 人は前の方に居た。さほど多くはないけれど少なくない程度。けれど、熱狂という雰囲気があった。

 髪型が皆、同じだった。


 髪型が同じだったので服の印象がない。

 その髪型をしていない自分たちは浮いていると思った。でも金髪なんてできない。黒髪が自慢だったし。出て行くのもどうかと思って後ろの方で立っていると演奏が始まった。


 異変は直後に起きた。

 ステージ前に詰め寄っていた人たちが一斉に頭を振り始めた。


 衝撃だった。


 あんなに頭を振っていたら、舞台は観えないのではないか。舞台を観るどころか音楽も聴こえていないのでは?


 そう思うほどに頭を振りまくっている。

 頭を振ると、彼らの金色の髪が宙を舞った。


 観客たちは長い真っ直ぐな金色の髪をしていた。頭を振るとそれらが動く。前に振り下ろされると、その動きから少し遅れて長い髪が立ち上がる。そして素早くそれらが繰り返される。


 ゆらゆらフワフワ、髪が舞う。

 耳を澄ますとシャラシャラという音も聴こえた。髪が空中でぶつかる音だ。

 髪でも拍手をしている。


 ライトが観客席に当たっている。

 私は金色の野に立っていた。


 脳裏に映画のラストシーンが浮かんだ。

 自分がナウシカになったような気分だった。肩にテトはいなかったけれど。


 そして、壁画の方も浮かんだ。

 さすがにナウシカはムリだけど、こっちならいいのではないかと自分の中で言い訳する。


 それにナウシカは舞台の演者だろう。

 頭を振っている観客も、自分たちがこんな姿でいることは分かっていないかもしれない。


 私は金色の野にいた。

 金色の野を確かに観ていた。


「金髪ってさ」

 私の隣にいた友人Mが話しかけてきた。

「うん」

 呆然と返事をした。


「苦手だと思ってたんだけど」

「うん」

「こうしてみると、綺麗だねえ……」

「うん」

 私も友人Mと同じ気持ちだった。


 綺麗だった。

 こんなに綺麗な景色が存在してもいいのかというくらい綺麗だった。


「行こうか」

 友人Mが言った。

「うん」


 演奏は続いていたけれど、私と友人Mは熱気であふれていたステージを後にした。

 綺麗だけど、長時間はいられなかった。


 音楽には人を熱狂させる力がある。

 それは間違いない。


 小さなライブハウスだった。

 私たちには違う世界だった。




 それから何年か経ち、友人Mは好きなバンド(この頃とは違うバンド)が同じだった人と結婚して地元を離れ、久しぶりに電話した時

「今ね、嵐の大野君がお気に入りなの」と言った。


 素敵な音楽を奏でていたけれど人気がまったくなかったバンドが大好きだった友人Mが、日本を代表する大人気男性アイドルに行きついたのは驚いた。



 だからアイドルと聞いて

金色の野が浮かんだ。

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金色の野 玄栖佳純 @casumi_cross

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