女傑魔導士の可愛くなれない結婚生活

If

顔は良くても好きになれない男

「予算増額分は、ぜひとも魔導士団へお回しください。魔導士団の防具の強化に充てさせていただきたいのです」


「後衛の魔導士の防具に強化は不要かと。それよりは、前線で命を張る騎士団の防具の強度を上げるべきでしょう。ぜひ増額分は騎士団へ」


 ルリエッテ王国、大会議場。本日はここで、予算折衝会議が行われている。現在は防衛費の増額分について話し合われ始めたところだ。魔導士団と騎士団の衝突はいつものことで、会議室の随所で「またか」と言わんばかりの溜息が、早くも上がり始めている。


「これはこれは、ツエリ副騎士長ともあろう方が、魔導士団と騎士団の防具の耐久性の差をご存知ない? 我々はあなた方の防具の、五分の一の強度の防具で戦場に立っているのですよ」


 私と相対しているのは、ツエリという男だ。魔導士団内にはこの男の容姿を褒める女性もままいる。令嬢としては破天荒な人生を驀進中ばくしんちゅうとはいえ、私だって一応上流階級育ちだ、審美眼はそれなりに養ってきたつもりだから、この男を不細工だとは言わない。涼しげな目元、特にアイスブルーの瞳は印象的だと思うし、くせのない透き通るような銀髪も悪くない。それが流行に沿って整えられている辺りはなんだか鼻につくが、これは私の好みの話だろう。騎士にしては細く見える体型も私にとっては減点要素だが、騒ぐ女性陣——陣というほどの人数はいないが——には受けているのも理解はできる範疇はんちゅうだ。


 だが、見目の良さは多少なりとも認めても、いや、たとえ完璧に私好みの基準を満たしていたとしても、私はこいつが好きになれない。理由の半分かそれ以上が私怨によるものだと分かっていても、どうしても駄目なのだ。皮肉めいた口調になるのも仕方がないというものだ。


「ルウデ副魔導士長こそ、そちらとこちらの殉職じゅんしょく者の数の差をご存知でないようだ。こちらの昨年の殉職者は二十一名で、そちらはわずか四名だったと記憶していますが?」


 無事相手が乗ってきたから、一瞬だけ湧き上がりかけた反省はすぐさま消え入った。代わりに満ちてきた闘争心に、そのまま身を委ねてしまう。


「元の数の差がありますでしょう? 割合にすれば同等程度の損害のはずですね。ここで騎士一人と魔導士一人の育成にかかる費用の差をお考えいただきたいのです。こちらに、倍程度の差があるという調査結果がございます」


 この日に至るまでに、それはもう入念に準備をしてきた。既に簡潔にまとめた資料は全員へ配布済みだが、下準備で調べた資料の全てを紙束にして携えてきた私は、それをこれ見よがしに机の上にどんと置いてやった。少々どや顔もしたかもしれない。憎きツエリの形の良い眉がみるみる寄っていく。


「人命の価値を育成費で語るとは。騎士の命は魔導士のそれよりも安いと言いたいのか?」


「言うに事欠いて感情論を持ち出すなんて。誰もそうは言っていないでしょう。補充人員をまかなう費用が浮けば、それこそ防具に回してその分人命を救えるかもしれない。私が言いたいのは、命の値の差ではなくこういうことよ。さあ、反論があるなら論理的に反論してみなさいよ」


 会議の席で口調が乱れてしまったが、向こうが先に乱れたのでまあいいだろう。今回は明らかに魔導士側に分があると信じきっていた私は、まだ得意げな顔をしている。


「そもそもその試算で用いられている、魔導学院の教育費の粗遣いの問題がまず論じられるべきで——」


「そろそろやめようか、二人とも」


 想定外のところに話が飛んで思わずぐっと息を詰めたとき、議長席に座る陛下の穏やかな制止の声が響いた。陛下はゆるりと一度だけ頭を振ると、困り顔で私とツエリとを見た。


「命を預け合う二つの団が、しかもその次期長を見込まれている二人が、こうも不仲となると先が思いやられるね。深刻な問題がそこにあるということが、よく分かったよ」


 もうお察しのことと思うが、私たち魔導士団と、ツエリの在籍する騎士団とは、犬猿の仲だ。同僚の女性たちがツエリの容姿に感動することはあっても、色恋沙汰に発展することがないのはその辺りが理由だろう。もうずいぶん昔かららしく、すっかりその考えに染まっている私は、全くあちら側へ歩み寄るつもりはないが、敬愛する陛下にこう言われてしまうと多少なりとも胸が痛む。ツエリもそうだったのだろう、謝罪の声は二つ重なった。


「申し訳ありません、陛下」


「今回の予算増額分は、騎士団二、魔導士団一の割合で分配することにしよう。人数の差がある分差をつけさせてもらったが、一人あたりの額で言うならば魔導士団の方がかなり多い。それで溜飲を下げてくれ。いいね」


 不満はあったが、ここは御自ら仲裁に入った陛下の顔を立てなければなるまい。私は観念して頷いた。


「仰せのままに」


 また声が重なる。気に食わない相手だから、タイミングがそろうだけでもしゃくに障った。席を座るときに思わず渋い顔をしたら、ツエリの方も同じ顔をしているのを見つけて、私はますます不機嫌になる。ひそやかな溜息で気持ちを切り替えて、私は会議の続きに意識を集中させた。

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