第7章

第49話

「つまり、その高校生の身体を、お前は乗っ取ったってことか」

 と、皆月みなづきは言った。


 まじまじとかなでの顔を見つめるが、まだ肚落はらおちはしていなかった。


「乗っ取ったとは聞こえが悪い。ちゃんと同意を得た」

 と、奏は悪びれる風もない。


「でも、チェロができる子を狙ってたってことだろう」


「最初からそうしようと思ってた訳じゃない。町をふらふらしていたら、たまたま深刻な顔したチェロを持ってる奴がいた。それでしばらく観察をした。二週間くらいな。そいつは音高生だった。死のうとしてるからもったいないと思っただけだ」


 奏は飄々ひょうひょうと語った。


「しかもハーフっぽくて外見も俺に似ていた。俺は子供のままだったが、死なずに成長してたなら学年も同じだった。運命だと思ったね。だから、話しかけた。話しかけても普通は聞こえない。ビルの屋上に行くまでの間は、ルーカスには俺は見えてなかったし、声も聞こえていなかった。たぶん、死のうとしたから言わば死の世界に近づいて俺が見え、コミュニケーションがとれるようになったんだろうな。体をもらうのはやってみたらできたという感じだ」


「でも、萌音ちゃんは」


「萌音の場合は、最初から萌音と似た、人生に悩んでる子を探したということは否定しない。俺は、萌音にももう一度人生を生きてほしかった。だから、できるかどうかやらせてみた。萌音にもできた」


 奏は雄弁だったが、萌音については少々言い訳がましく、


「ただし、萌音の体の本当の持ち主はちょいちょい目を覚ましていろんなことを楽しんでるし、危険なことには巻き込まない約束だ。もしそうでないとしても、俺としても萌音をこんなところに付き合わせないがな」



「涼太は付き合わせるのに?」

 雪哉ゆきやが口を挟んだ。


 奏は鼻白んだような顔をした。

「涼太は男だし俺と同い年のいい大人ですが」

 ここで、男ならいいし女なら危険に巻き込まないのかという話をしだすと話が無駄にややこしくなる。


「奏の言う通りだから」

 と、皆月は従兄いとこをいなした。

 雪哉は不満そうだ。



 皆月としては、それよりも、むしろほかに納得いかない点があった。

「名前は? この旅館でだってみんな、お前を飛鳥井あすかいさんと呼んだぞ」

 それから、自分で思い当たる。

「でも、普段は……」

「その通りだ」

 と、奏は腕を組んだ。


 奏は普段は、SOUという芸名で音楽活動をしているのだ。


「俺は現在の戸籍上の本名、宗方むなかたルーカスという名では活動してない。名字を名乗る必要がある時には飛鳥井あすかいと名乗るが、それも芸名のうちだ。俺の家族が殺された事件があったのは東日本大震災の前年だから、その前後に起きたことはみんなあまり覚えていない。わざわざ図書館にでも行って古い新聞を出してもらえば調べられるだろうが、仮に飛鳥井という名字も入れて俺や萌音の名前で検索しても、今は検索上位には俺たちの音楽活動が出てくるだけだ」


 皆月はゆっくりと息を吐いた。

 まだ完全には納得できない。


「目の傷は? まさか、自分の身体じゃないのに自傷したんじゃないだろうな」


 奏は無言でアイパッチを外してみせた。


「よく見てみろ」

「…………義眼じゃないか」

「違うね。これはカラコンだ」

「…………」


 皆月は絶句した。

 奏には、。薄青い色のカラーコンタクトレンズを、確かに、しているのだ。


 それに、ケロイド状の傷は特殊メイクのようなもののようだ。


 まじまじと見ると、さほど精巧なものでもない。

 これまで、皆月は罪悪感から奏が眼帯を外している時に、傷痕と思っていた箇所ををきちんと観察するようなことはなかったのだ。


「待てよ……でもそんなはずは……義眼のはずだろ? 義眼は見たことがあるぞ」

「義眼は持っている。でも、外したり入れたりするところは見たことないだろ。外したり入れたりしてないんだから」


「…………」



「これでだいたい全部だな」

 奏は話は終わりだとでも言うように、アイパッチを元に戻した。



 皆月はしばらく黙っていた。

 が、再び口をひらいた。


「なぜ本当のことを話してくれなかった?」



 奏はほんの少しだけ、表情を歪めた。

「お前は俺が片目を失ったと思ってるだけでも気にやんでいるのに、俺と萌音もねがとっくの昔に死んでいるということは衝撃だろう?」

 が、すぐにいつもの不遜とも言えるふてぶてしい態度に戻る。

「もっとも俺がここまでしていても、お前の家族がこれまでに二度ほど、俺は死んでるってバラしてくれたけどな」


 ひなびた温泉旅館のロビーで話し合うにはあまりにも非現実的な話であった。


「辻褄が合わなくなると、お前はあちこち記憶を消したり微妙に改変したりするし、精神的に不安定になる。だから、俺が生きていると思っている時には俺からは事実を告げなかった。俺もそのほうがし。俺は死んでなんていなくて、ずっとお前と楽しくやってきたという気分になれる。だが永遠にこのままではまずいだろうと俺も思っているし、とにかく、家族が殺された事件についてケリをつけたい」


 と、今度こそかなでは話を締めくくった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る