第47話

「か……なで……」

 皆月みなづきは呆然と呟いた。


 かなでは普段通りの自信にあふれた様子で皆月に頷いた。


 ガタン! と、音を立てて雪哉ゆきやが立ち上がった。


 眼鏡の奥で、飛び出さんばかりに両目を見開いている。

 その口も、文字通り幽霊でも見たようにぽかんと開かれていた。




 雪哉は、奏を見ていた。



 見えている。


 雪哉には奏が見えている。



 どういうことなんだ?


 皆月の混乱は頂点に達した。


 奏は子供の頃に死んだ。


 だが目の前にいる。大人になった姿で。


 しかも、その姿は雪哉にも明らかに見えている。



 いや、雪哉だけではない。この旅館の従業員たちや館主の若島、図書館の司書の女性だって、みんな奏に対してごく普通に対応していた。



 これは俺の妄想……。

 幻覚……なのか?



 雪哉や従業員らの反応も含めてが自分の幻覚ならば、妄想ならば、もう何がどこまで現実なのか、何もかもがわからなくなる。


 自分はここにいるのか?


 奏は死んだのか?


 奏と家族が殺された事件は現実に起きたのか?


 奏は雪哉にも頷きかけながら――ただし雪哉に対しては多少、顔をしかめてみせながら――近づいてきて、雪哉は彼を避けようとするかのように少し後ずさった。


 奏は、テーブルの上に置かれたままだったクリアケースの中の新聞記事の切り抜きに視線を落とすと不服そうに息をついた。


「涼太、これを読んだのか」


「……ああ」


 皆月の声はかすれた。


「それで、思い出した?」


「ああ」


 皆月が答えると、奏はテーブルを挟んで雪哉の向かい、皆月の隣の席にどさりと腰をおろした。そして言った。



が悪い」




 ◆


 古波津雪哉こはつゆきやは信じられない思いで目の前に現れた青年を凝視していた。



 青年は体格が非常によく、チェリストなんかではなく米国のアメフト選手だと言っても通るだろう。

 栗色の髪に、一見して北欧あたりとのダブルルーツだろうとわかる顔立ち、そして、片方の眼にはなぜか青・赤・白の英国国旗模様の眼帯をしている。



「まあ座ってください。涼太も座れよ。電話しに行ったまま戻ってこないからどこに行ったのかと思ったぞ。念のために単独行動は避けようと言っただろ」

 と、彼は顎を撫でながら言った。

古波津こはつさん、まさかこんなところまであなたが来るとは思わなかった。今、すごく取り込み中なんだが」


 なぜ名前を知っている? いや、名前は涼太が教えたのかもしれないけど。


 訳がわからない。


「妄想って伝染うつるの、か……な?」

 古波津が思わず呟くと、

「俺は涼太の妄想ではない」

 と、相手は言下げんかに否定した。


 古波津は現実感が急速に失われているような感覚を覚えながらも、なんとかして頭を回転させた。


「ということは、幽霊」

 自分で口にしても馬鹿みたいに聞こえるが。

 それに、幽霊にしては実にくっきりはっきりと見えている。


「厳密に言えば幽霊でもないつもりだ」


 厳密に言えば、とは、とはどういうことだろうか。



「どういうことなんだよ」

 同じく混乱しきった顔で涼太が眉を寄せた。

ユキ兄にも、お前が見えてるってことだよな? 俺がおかしくなってるんじゃないならどういうことなんだ」



「見えて当たり前だ。俺には、実体が……肉体からだがある」


 と、かなで(なのか?)は続けた。そして、古波津こはつのほうに太い右腕を伸ばしたので古波津は一瞬、身を引いたが、すぐに、触ってみろという意図なのだと理解する。


 古波津はちらりと涼太と視線を合わせてから、差し出された分厚いてのひらを、おそるおそる指でつついてみた。


 確かに、彼はきちんと物理的に存在するようだ。


 古波津こはつは突然、ひらめいた。

「わかった、転生、とか。アニメなんかで今流行りの。いやでもそれだと年齢が合わな、」


「違う」


 そう断じて、奏は腕時計に目をやった。


「アサミさんが来るが、それまでに手短に説明しよう。取り込み中だしできれば話さずに済ませたかったんだが」


 アサミさんというのが誰なのかはそのままスルーしつつ、奏は、



「この身体のは、普段はここで」


 と、自分の胸を親指で指した。


「眠っている」


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