第46話

 耳鳴りが……した。


 蝉が一斉に頭の中でくような耳鳴りが。




 今朝、母親からかかってきた電話。


「―――――――――――――――――!」


 その時は聞き取れなかった言葉。


涼太しっかりしてちょうだい! どこにいるの?!」



 記憶が雪崩れ込んでくる。






?」





 あの日。


 皆月みなづきは、自分の隣に立ち尽くしたかなでを指さした。


 木製の黒っぽい奇妙な面をしたは、片手に鮮血の滴るを、そしてもう片方の手には、小さな萌音の、腕を持っていた。ちょうど、手をつなぐようにして持っていた。


 肘から上のない、その腕を。




 皆月が奏を指さした後。


 を奏の顔に叩きつけた。


 皆月の顔にかかった幼い日の友人の血と脳漿は、あたたかかった。



 皆月も奏も、まだ小学生だった。






 皆月の手は震えだし、止まらなかった。


 平衡感覚を失い、冷や汗が噴き出す。座っているから持ちこたえたが、立っていたなら倒れただろう。



 嘘だ……。そんな……。



「涼太」


 と、従兄いとこが名前を呼んだので、皆月はかろうじて呼吸をした。


「帰ろう」


 と、従兄の古波津雪哉こはつゆきやは穏やかに促した。




「でも」

 と、皆月はかろうじて声を絞り出した。


 ついさっきまで、奏と一緒にいた。車に乗せてはるばる秋田県のここまで連れてきた。

 会話をし、食事をともにとり、異常現象もともに体験した。



 東京では萌音とも会ったばかりだ。


「そんなはずは……」


「今はあまりいろいろ考えないほうがいいよ」

 眼鏡をかけた柔和な雪哉ゆきやの顔は、沈鬱だった。

 慰めるように、

「少し落ち着けば大丈夫。前に医者に出してもらった薬は持ってきてないか? もう残ってないのかな」

 と、話しかけてくる。




 いや、そんなはずはない。

 そんな馬鹿な。



 皆月は立ち上がった。




 かなではここのごくこじんまりとした教会風の音楽ホールで、チェロの練習をした。


 天上に響くような美しい音楽だ。


 中止になったが、コンサートをする予定だったのだ。





 だが、この記憶は。


 あの日。


 皆月は。


 一人で血の海に呆然と座りこんでいるところを、偶然やってきた郵便配達の青年に発見された。



 惨劇を目の当たりにした郵便配達の青年はおそろしく動転しながら警察に通報した。



 パトカーと救急車のサイレンの音が蝉の声をかき消し、大勢の大人たちが皆月を取り巻いて興奮した口調で口々に何が起きたのかを尋ねた。




 皆月自身に怪我はなかったが、大人たちの問いにぼうっとして何も答えなかったため、皆月は救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。

 取り乱した母親がやってきて泣きながら皆月を抱き締めた。


 記憶は切れ切れだ。



 のちに、奏と萌音は亡くなった、その家族も全員亡くなったのだと皆月は親から聞かされたが、聞かなくてもそんなことはわかっていた。



 だって、で、生きていられる人間はいない。


 でも。


 違う。


 ありえない……。



「違う。そんなはずない。部屋に来てくれ。奏に会わせる。ここのスタッフや主人だって奏に会ってる!」



 皆月がそう雪哉に喚いた時だった。



 エレベーターのある奥のほうから。



 




 百九十cmをこえる長身にしっかりした立派な体格。栗色の、ウェーブしてあちこちはねた髪。

 西洋人の血が入っていることが明らかな白い肌と端正な顔立ち。


 右目を、正確には右目があった部分を覆う英国国旗ユニオンジャックのアイパッチ。残された左目は、光の加減によって色が変わって見えるヘイゼルアイ。



「どうしたんだ、涼太、何をでかい声で騒いでる?」


 と、奏が言った。


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