第12話 恋の手ほどき #5

「奈良美智の話で盛り上がり、デートはうまくいきました!」


表参道のお洒落なカフェのテラス席で、会って早々にマサヒロがそう言った。


……のろけている。


カフェのセレクションが自分の期待にぴったりだった分、のろけている相手が自分ではないことに、無性に腹が立つ。


エミ:「ふーん、よかったね。」


マサヒロ:「その子、建築も好きみたいです。で、次のデートなんですが、東京国立博物館で椅子を一緒に鑑賞しようかと。」


そこは私が教えてあげた場所。それを、私の許可もなく、他の女の子とのデートに勝手に使うなよ!

――そう言いたいところをグッとこらえて、エミはあいづちを打った。


マサヒロ:「その後、子ども図書館にも行こうと思ってます。あそこも、建築的に見ごたえありますよね。」


そこ、前の彼氏とのデートで行ったことがある。記憶がよみがえり、エミは少し嫌な気分になったが、そんな様子は一切見せず、


「ふーん、いいんじゃない。」


とだけ返した。


マサヒロ:「その後、晩ごはんも一緒に……もんじゃを食べに行こうかと。そこまで踏み込んでも大丈夫でしょうか?」


エミ:「うーん、まあ、今の感じならいいんじゃない?その子との距離も縮まるし。」


マサヒロ:「よかったー。」


エミは、マサヒロと話せば話すほど、だんだん心がざわつき始めているのを感じていた。


マサヒロ:「それで、ネットでは“告白は3回目のデートで”ってよく見かけるんですが、あれって本当でしょうか?」


“告る”という言葉を聞いて、エミの中のざわつきは、はっきりとした嫉妬に変わった。けれど、それを必死で押さえ込む。


――まだだ。まだ“理想の彼氏”に仕上がっていない。今は我慢。


エミは自分に言い聞かせた。


エミ:「まあ、好意を伝えたのに引き延ばしすぎると、“将来の彼氏”っていう感情は薄れて、ただの友達になっちゃうからね。だから、3回目か4回目あたりがいいんじゃない?」


マサヒロ:「はい、分かりました!次回のデートが告白に向けてどれだけ大事か分かりました。ありがとうございます!」


エミ:「ちなみに、その子ってどんな子?」


マサヒロ:「美大の4回生です。」


エミ:「じゃあ、私より1つ年下ってことね。」


マサヒロ:「いや、一浪したみたいなので、エミさんと同い年じゃないかと。」


わざわざ、私と同い年の子に恋しなくても……。まあ、年上に恋するのは、子猫ちゃんっぽいちゃあ、子猫ちゃんぽいけど。


マサヒロ:「あと、自分の好きな画家の絵を見ると集中しちゃって、話しかけても返事がなくなります。声が聞こえなくなっちゃうみたいです。この前のデートのギャラリーでは、話しかけても会話が成立しなくて、不安になりました……。」


……ん、それ、経験ある。


マサヒロ:「服装はあまりこだわってないみたいですけど、古着のスエットに色落ちジーンズ、それにコンバースを履いてました。それがまた、美大生っぽい雰囲気で、かわいかったんですよね~。」


……なんか、それも経験ある。


マサヒロ:「“なんであんなところでバイトしてるの?”って聞いたら、『近くて賄いがあるから』って、なんでそんな質問するの?って顔してました。我々みたいな打算的なところがあんまりなくて、ピュアな人みたいです。」


経験、あり。


エミ:「ちょっと天然入ってるってこと?」


マサヒロ:「さっすがエミさん、客観的に言語化する能力すごいですね~。要は、そういうことです!」


「私の子猫ちゃんが今、お熱をあげてるその子、なんだか、私の“前の彼氏”にキャラが似てるような気がする。もしかすると、このまま付き合ったとしても、私と同じパターンにをたどるかも。」


そう思うと、エミは少し心が軽くなった。

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理系男女の憂鬱 凛太郎 @rintarotakenaka

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