第11話 中二病な女

「欲しいと思ったものは、私はすべて手に入れられる。」


全国模試で1位を取ったとき、18歳の私は本気でそう思ってた。


だって、努力したもん。血反吐吐くほど勉強した。寝ないで、遊ばずに、全部自分に叩き込んだ。だから当然でしょ? 結果が出るのは。


それにね、高校生が手に入れられる“頂点”って、ぶっちゃけこのくらいしかないのよ。


恋? 彼氏? それなりに憧れはあったよ。けどさ、全国で一番の私に釣り合う男なんて、校内にいるわけないじゃん。レベルが違うの。


そう、私はもっと“大きな何か”が欲しかった。


「歴史に名前を残すような人間になりたい」――それが、次の目標だった。


普通の人ならこの成績で医学部一直線なんだろうけど、私には違って見えた。医者なんて、名声を得られる仕事じゃない。コツコツ地味で、顔も名前も出ないし。あんなの、性に合わない。


そこで、建築家って選択肢が浮かんだわけ。


だってそうでしょ? コルビュジエ、安藤忠雄、隈研吾――スターよ、あれは。建物に名前が刻まれて、語られ続ける存在。しかも女性建築家ってまだまだ少ないし、私みたいな外見とキャラがあれば、圧倒的に映える。勝算ありって思ったの。


で、医学部じゃなくて建築学部に進学した。


計画は完璧。大学院出て、有名事務所で修行して、独立して、10年以内に世界をアッと言わせる建築物をつくって、ビジュアル活かしてメディア露出して――うん、完璧すぎる。勝ち確コース。


……のはずだったんだけどね。


大学に入った瞬間、崩れたの。理想が。


なんでかって? 自分以上に才能ある学生が、ウジャウジャいたから。


持ち前の頭の良さと努力で、成績はずっとトップだった。でも、どうやっても超えられない“ひとり”がいたの。


成績だけなら私の勝ち。でも、センスが違うの。発想力、表現力、愛……そう、“建築への愛”が桁違い。


なんていうか……狂ってた。スター・ウォーズのデス・スター内部を図面にしたり、ウルトラマンの体内構造までスケッチするレベル。

普通じゃない。でも、その“普通じゃなさ”が、彼を特別にしてた。


初めてだったよ、嫉妬したの。


でも……それと同時に惹かれた。


それまで告白されたことはあっても、自分からなんてあり得なかった。でも、そのときは違った。私は自分から彼に告白した。プライドなんてどうでもよかった。


そして、付き合えた。手に入れたの。理想の彼氏。


「欲しいものは、全部手に入る」って、再確認した瞬間だった。


彼と一緒にいると、知らない世界がどんどん広がっていった。

安藤建築を一緒に見に行って、朝まで語り合って、彼の視点に毎回驚かされて。……楽しかった。尊敬してたし、大好きだった。


完全に、ベタ惚れだった。


でもね、そんな彼から、ある日、別れを告げられた。


「建築に集中したいから」って。


は? バカじゃないの?


そんなの嘘に決まってるじゃない。優しさのつもりか知らないけど、言い訳が雑すぎ。


本当は、ただ私に飽きただけ。


プライド高い私が、まさか“捨てられる”なんて。ありえない。信じたくなかった。でも、それが現実だった。


追い討ちをかけるように、彼からロンシャン教会の写真が届いた。「一緒に行こうって言ってた場所だから」って。


……は? なにそれ。そういうところなんだよ。ほんと、わかってない。


だけど、同時に思ったの。

――こういう感覚の人間が、世界に名を残すんだって。


私は違う。あんな冷たい人間にはなれない。


そう感じたとき、夢だった「名声を得る建築家になること」をあきらめた。


だけど、そのまま終わるわけにはいかなかった。「彼氏にフラれて、夢もあきらめた女」なんて、絶対に嫌。


だから私は、医学部をもう一度目指すことにした。


理由?「人を救いたいから」――なんて、表向きはね。


でもホントは違う。「偏差値的にトップにいれば、自尊心が保てる」それだけ。

情けないでしょ? 私もそう思う。こんな動機で再受験する22歳とか、ヤバいってわかってる。


でも、自分が堕ちたって認めたくなかったの。だから、前に進むしかなかった。


……そんなときに、出会ったのが“あの男の子”。


4歳年下で、才能も目立った実績もない。でも、なぜかすごく自然に話せた。


会話のテンポが合う。知識もそこそこある。見た目も悪くない。……磨けば光りそうって、思っちゃったんだよね。


ちょっとずつ恋愛の手ほどきをしていくと、どんどんいい男になっていって、だんだん“理想の彼氏”に近づいていった。


それがまた、気持ちよくてさ。


年下で、私がリードできて、完全に“手のひらの上”にいる感じ。最高だった。


なのに――今の私は、その彼に“別の彼女”を作るための恋愛相談に乗ってる。


ああ、もう、意味わかんない。私、何やってんの?


自分がフラれたことを知られたくなくて、「彼氏いるよ」って嘘までついて。


中二病? そうかもね。でも、分かってるから余計に苦しいの。


どうして私は、こんなにも自分を好きになれないんだろう。


そんなタイミングで、彼――マサヒロからLINEが届いた。

たぶん、またデートの報告。きっと彼女との進展とか、そういうの。


「欲しいと思ったものは、私はすべて手に入れられる。」


そうつぶやいて、私は携帯のロックを外した。

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