第4話 初めてのお仕事 in異世界

「なんともなくて良かった〜! 心配したんだからねっ」


 王の間に戻り、ユタが怪我などしていないことが分かると、アイリスは喜びの声を上げる。


 先ほどまで放っていた殺気は消し飛び、愛らしい表情を浮かべている。


「ありがとう。情けないところを見せてしまって……恥ずかしいよ」

「いいのいいの! ユタは戦場に出たことはないんでしょ? 仕方ないよ」


 社畜としてブラック企業で心身は鍛えられたとは思っていたが、命のやりとりをする場面に実際に立ち会うことなど当然なかった。


 いまだに心臓の高鳴りは収まらないが、ようやく頭は冷静になってきた。


「他の魔王も君のような力を持っているのかい?」

「う~ん、武に秀でた魔王もいるにはいるけど、大半が政治家だから、私みたいなのは例外かも」


 それを聞いてユタは少し安堵する。アイリスほどの力を持った魔王がごろごろいたのでは、すぐに世界が崩壊しそうだ。


 アイリスの力は本物で、その気になれば武力で世界を制することすらできるかもしれない。

 今は新米魔王ではあるが、いずれ頭角を現すのは必定だろう。


 魔王を補佐するという使命を引き受けるとしたら、彼女の力は大きな武器になる。

 しかし……使い方を誤れば世界を更なる戦禍に晒すことにもなりかねない。


「アイリス、もう一度だけ聞くよ。君はブラックな環境を変えるために魔王を志した。決して力で他者を屈服させたいわけじゃない。そうだね?」


 ユタは質問をする自分の中で、何か温かいものがこみ上げてくるのを感じる。

 それはこれまで感じたことのない感覚だが、直観的に何かの力が働いたことが分かる。


 真剣な眼差しのユタに合わせるように、アイリスはきりっとした表情で返答する。


「アイリス・ネイティブ・テイタンの名に誓って、ホワイトな国を作ることを約束しよう」


 彼女の言葉に宿る力強さからだけではなく、ユタはこの言葉が本心から来るものであることを確信する。


 スキル。剣と魔法のファンタジー世界において個別に与えられる異能力。

 まるで以前から備わっていたかのように、自然と力の発現が理解できた。


 おそらく、自分の質問には必ず本心で回答しなくてはならない力。何かしらの制約はありそうだが、そのあたりは後で調べればいい。


 今は、アイリスがよこしまな考えを持つ強者ではないことを改めて確認できたことが重要だ。


「分かった。君を補佐するという話、ぜひ受けさせてくれ」


 ユタの言葉にアイリスは目を輝かせて、軽く飛び跳ねる。


「ほんとに!? やった~! 私、力は強いけど、細かいことはよくわかんなくって。ユタは知的だし、酷い環境で生きてきたっていう経験から、きっと私の理想に共感してくれるって思ったの!」


 一企業での過酷な経験が国づくりにどこまで役に立つかは分からない。

 ただアイリスの理想には確かに大いに共感できるし、彼女となら、ホワイトな国を作っていける希望が持てる。


「やるからには全力でサポートするよ。改めてよろしく、魔王様」

「これからもアイリスでいいよ~。よ~し、今日は盛大にパーティといきましょ!」


 アイリスはスキップをしながら別の部屋に入っていくが、すぐに引き返してくる。


「ごめん……もう食べ物も飲み物も、ほとんど残ってないんだった……」


 下を向いてトボトボと帰ってくるアイリス。きゅう~、という可愛いお腹の音が鳴る。


「じゃあ買い出しに行こう。街とか、村とか近くにある?」

「村ならあるんだけど……お金がね、ないの」

「全く……?」

「うん、全く……です」


 人もいなければ金もない。独立したてとは言え、前途は多難そうだ。

 しかし、慣れない戦いや政治よりも、お金を稼ぐことなら自分の価値が発揮できる余地が大きい。


「よし、まずは先立つものをなんとかしよう」

「そうだね! お金がないとご飯も買えないし! でもどうやって?」

「少しだけ時間をくれないか。資金調達のプランを考えるから」

「頼もしい~! 早速、参謀って感じ!」


 キラキラした目で見つめてくるアイリス。あれだけの武力を持ち、クールビューティーな見た目で決して頭が悪いわけではない。


 ただどこか抜けていて、よく言えばピュア、悪く言えば世間知らずな感じがする彼女。


 これから忙しくなりそうだ。ただユタは、これまでブラック企業で働いていた時には感じることがなかった高揚感と、希望に満ちた未来への期待に胸躍らせるのだった。


 それからユタは三日三晩、寝食を惜しんでこの世界の歴史や文化を学んでいった。

 幸い、古びたこの城には立派な書架がそのままになっており、埃は被っているものの、様々な種類の本が残されていた。


 自分が慣れ親しんだ言語ではない文字で書かれた本も、不思議と読むことが出来た。

 そもそもアイリスと言葉が通じていた時点で、そのあたりは謎の力でクリアになっているのだろう。


 アイリスやマリアーナに聞いていた通り、この世界は魔族と人間という二種類の人種が存在するようだ。

 両者は基本的には対立しており、過去から現在におよぶまで、何度も国家間戦争が起きていた。


「人間同士でさえ争いが絶えないんだから、仕方ないか……」


 ユタは自分がいた世界のことを思い返す。人種や文化の違い、領土問題に経済問題。様々な要因で争いは起こる。


 平時でさえ、ブラック企業のように人を人と扱わない連中が存在し、搾取する側、される側が生まれる。


 この世界は元の世界に例えるなら、中世に近い。封建的な国がほとんどで、機械はなく、農耕や簡単な製造業が主な産業だ。


 魔法やスキルが存在するといった大きな違いはあるが、極めて俗人的な要素であり、文明全体を飛躍的に発展させる方向には向いていない。


「まず活かすべきはアイリスの圧倒的な武力だろうな」


 人モノ金の三拍子がない今の自分たちが持つ唯一と言っていい強みは、彼女の力だろう。

 もちろん、それを以って略奪をするなどとは一切考えていない。


「おはようユタ~。大丈夫? お休みしてもいいんだよ?」


 書架に心配そうな顔をしたアイリスが入ってくる。いつの間にか朝日が窓から入ってきていた。


 彼女が持ってきてくれたスープはほとんど具がなく、いよいよ食材が尽きてきたことが分かる。


「おはようアイリス。待たせたね。今日から動こう」


 ユタは今後のプランをまとめて記した紙を畳んで、スープを飲み干す。


「いよいよだね! 何をするの? 何をするの?」


 体を左右に振る度に、アイリスの青い髪がさらさらとなびく。

 朝日に照らされて神々しさすら感じる立ち姿に一瞬目を奪われるが、ユタは咳ばらいをして答える。


「ウィンクス王国に行く」

「ウィンクス王国へ!? ってどこだっけ、それ」


 アイリスがいたゴーヨーク王国はここから遥か東に位置している。

 彼女は国を抜ける際に、ゴーヨークの支配が及んでいない地域を選んだため、今もあまり土地勘がないらしい。


 ここ数日で様々な文献に目を通し、近隣の村で情報収集も行なってきたユタの方が、今やこのあたりに詳しい。


「かなり小さな国だよ。メントハラス王国に面した小国家だ」

「メントハラスは知ってる! 東のゴーヨーク、西のメントハラス。他国を武力で併合していってる大国の一つね」


 アイリスは苦々しい顔で言う。


「でもなんでウィンクスへ? お金を稼ぐならメントハラスの方がよさそうだけど」

「確かに規模はメントハラスが遥かに大きいし、商売の機会も多いだろう。でも、他者を力で屈服させるようなクソみたいな国で仕事をしたいかい?」


「絶対イヤ! それじゃあゴーヨークにいた時と何も変わらないわ」

「だろ? それに、ウィンクスを相手にするのは俺たちの第一歩として最適なんだ」

「ユタが言うなら信じるわ。それで、具体的にどうするの?」


 話をするにつれてアイリスの表情が精悍なものに変わっていく。切り替えが早いのも彼女の取り柄と言っていいだろう。


「ウィンクス王に会いに行く。実はもう約束は取り付けているんだ。君がゴーヨークで幹部だったことを伝えたら、ぜひ会いたいと返事をもらってる」

「いつの間に! 流石、余の参謀!」

「魔王様のためなら」


 ユタが手を胸に当てて頭を下げると、二人の間に笑いが起きる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スタートアップ魔王! ブラック企業を辞めたら魔王の右腕!? 異世界でホワイト国家を作ります! 黄金米 @koganemai_novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ