第四章:北方「玄武」圏の厳冬2

2. 女宿・虚宿 ― 闇の儀式に囚われた姫君

 氷結の結界を抜けた蒼藍たちがたどり着いたのは、北方の城塞都市月鏡城(げっきょうじょう)。巨大な氷の城壁に囲まれたこの城では、王女が政敵に幽閉されているという噂が密かに広まっていた。

 その名は——女(じょ)。玄武・女宿に属する者。

 民に慕われていた聡明な姫でありながら、現在は「精神の病を理由に幽閉中」とされ、誰にも会わせてもらえない。

 「この結界の内側に、強い“心の揺れ”がある」と心が言う。

 「それだけじゃない」と星が続ける。「結界の術式は、封印だけじゃない。“供犠”の構成になっている。姫は……儀式の器にされようとしている」

 蒼藍たちは月鏡城への潜入を決意する。斗と牛が正面で注意を引きつける間に、千佳と心、星、房、そして箕が裏手の塔へ。

 冷たい階段を駆け上がると、最上階の間に、ひとりベッドの上に座る姫の姿があった。

 白い衣。結界の符が無数に床に並び、彼女の足元を縛っている。

 「……あなたたちは……?」

 弱々しくも凛とした声。その瞳には知性の光が残っていた。

 「姫、私たちはあなたを助けに来ました」千佳が名乗り出ると、姫は目を見開いた。

 「わたくしを、助けに……?」

 そのとき、部屋の外から結界が再び強まり、氷の鎖が塔を封じる。

 「罠だったか……!」と星が叫ぶ。

 「いや、誰かがこの封印を操作している」と房。

 氷壁の向こうから、もう一人の人影が現れる。

 男か女かも判別しづらい白衣の人物。どこか虚ろな視線を湛えたその者は、氷を纏うように現れた。

 「その姫は、渡さない。彼女は“完全なる沈黙”の核。生贄として最も相応しい」

 その人物の名は——虚(きょ)。玄武・虚宿に属しながらも、自身の幻術と結界術を結社に利用されていた存在だった。

 「あなたも星宿なのに、なぜそんなことを……!」と千佳が叫ぶが、虚は淡々と告げる。

 「私は……自分が何者なのかもわからない。存在すら薄く、人々に忘れられてきた。だから、結社の命令だけが……生きる理由だった」

 蒼藍は剣を抜きながら叫ぶ。

 「違う! 星宿は力のために生まれたんじゃない! お前の力も、誰かを守るために使えるはずだ!」

 虚は氷の槍を操り、侵入者を排除しようとするが、千佳が姫の前に立ちふさがる。

 「あなたは姫を利用してるんじゃない! 助けたいと思ってるから、そばにいるんでしょ!?」

 その言葉に、虚の手が止まる。

 姫・女が、そっと虚に向けて手を伸ばす。

 「……私は、あなたがそばにいてくれたこと、ずっと気づいていたの。あなたがくれた花の香りも、夜にこっそりかけてくれた毛布も……全部、覚えてる」

 虚の瞳が揺れる。結界が崩れ始め、氷の柱が崩落していく。

 「……私は……人として、ここにいても、いいのか……?」

 心がうなずく。

 「あなたは人だし、仲間だよ。だから——一緒に来て」

 結界が完全に消え、塔に朝の光が差し込む。

 こうして、女宿の姫・女と、虚宿の幻術師・虚が仲間に加わった。

 月鏡城の氷の壁は砕け、街の人々が凍てついた空気の中で新たな陽を感じていた。

 しかし、玄武圏にはもう一つ——北方最大の要塞国家が残されている。

 “壁の国”。

 最後の三人の星宿が、そこに眠っている。

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