第2話

「首、とは。娘や、もしや好きな殿御でもできて、それで思い詰めてしまって恋敵の首でも鬼に所望したのか!?」


鬼との心覚えがあり首を所望したなどと、あまりにもあっさり言われた衝撃で思考がまとまらずアワアワと思い付きを口にする父親に、娘が何の感慨もない口調で返す。


「違います。父上らしい所感ですけれど。わたくしは母上を見て育ちましたから、母上を見ていると殿御などいてもろくなことはあるまいと思うばかりですわ。安心なさって。こちらがわたしが鬼に求めたものなら鬼に首を取られたものはおりません、今はまだ」


「で、では、誰の首だ、死者のものか」

「あるはずがないものを所望いたしました。鬼でもそうそうに用意できはしないものを。一応父上と母上の子としてのわきまえも少しは御座いましたから、鬼とえにしを濃くするのもどうかと思案しまして。不可能なものを望めば面目を潰して二度と姿を現さないかと思ったのです」


「都随一のごうのものの首でも望んだか」

「そんな万が一があるような無責任なことはいたしませんわ。望んだのは、未来のわたしの首です」


「……」

「……」


「照や」

「はい」

「先鋭的過ぎるごとは宮中では好かれないぞ」

出仕しゅつじの予定は御座いませんわ。そもそもわたしはお世辞も戯れ言も好きません」


「お前はここにいるのだから、この中にお前の首が入っているわけがなかろう」

「ここにいるのは今のわたくしですもの。入っているとしたら、未来のわたしの首だと申しました」


「そんなものあるはずがなかろう」

「ええ、決して用意出来ぬものを所望したつもりでしたが──届けて参りましたわね。礼をする律儀さがあるなら約束したものを中身にする律儀さもあるのでは?」

「まるきり話に理解も納得もできぬのだが、そなたはこの中に、自分の首があると?」

娘は面倒そうに扇で黒いひつを指し示す。


「現に届けられたものが前にありますわ。議論するより開けて確かめて御覧になってはいかがでしょう? わたくしも鬼にたばかられたのかも知れませんし」


男は目の前の黒いひつを見つめた。

ぞわりと背筋を悪寒がのぼる。

不吉を感じて長く見つめられずに目を反らして距離を取る。


「こんな、不吉な鬼の礼物など安易に触れるわけにはいくまいに。それより心覚えがあるとは、なにゆえ鬼に礼物受けるような羽目になったのだ! どこでいつ何が起こって鬼に恩を施すことに!? やんごとなき姫にあるまじきことだぞ!?」


「大したことではありませんわ。ほぼ通りすがっただけです。あの鬼がやたら感じ入ってくれたというだけで」

「つまびらかに話なさい。誰か言い触らすものがあって良くない噂でも立ったらどうする!」

「わたくしに差し障りは御座いませんが、父上の出世には差し支えるかも知れませんね。まあ、久方ぶりの親子の対面ですし良いでしょう、たまには違った退屈しのぎも。父上の通う女人は待ちぼうけでしょうが、父上には今からお出かけになる気力も胆力も御座いませんでしょう?」


「わたしは父として聞いているというのに、そなたときたら!」

「聞くおつもりがないなら絵巻物の続きを見ても? お説教より楽しゅうございますもの」

男が押し黙り、姫は絵巻物を膝から下ろした。

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