第3話
あれは春先の宵のことです。
わたしの足が
「足?」
「ええ、右の足と左の足がお互いに」
男は父親としてどぎまぎした。
「それはお前、春の目覚めというやつかね。こうなにかを待ち望むようなどきどき感というか、むずむず感というか、いや気持ちはわかるが娘の場合は早まってしまうと色々と厄介がだね、」
「浮き名を流しているお父様の足の
しらりと娘が言った。
「お父様の新奇なものをお求めの疼きでお母様は嘆き暮らしておりますが、わたしの足たちの求めていたのは
「懐旧?」
「ええ。よくよく耳を傾けてみると無邪気で自由で平和な昔を懐かしんでおりましたの。もう一度子供の頃のように雨で水をはねちらかしたり、青草を踏みしめて
「それはお前──」
「断じて、」
重ねて強調される。
「殿方が忍んでくるのを待つようなお父様向きの、お父様好みのお話の内容ではありません」
「て、照や、そなたわたしに対して少し
うふふ、と娘が笑う。
「刺々しいとはとんでもない。
「そ、そうだったか……?」
「そうですとも。刺々しいだなんて。目の前にいるのはやんごとなきお父様の、
「御簾ごしのそなたの目がくちなわ(蛇)のように怖い気がするぞ!? 真綿でじわじわ首を絞めるその言い様、そなた、奥に似て育ったな!? す、すまなかった」
「さて話を戻しますと」
娘が聞こえなかったように話を戻す。
「こちらは眠りたいのに夜中ひそひそされるのは耳障り。無論、
「なぜにその結論? そこは陰陽師に相談するところであろ。危ないではないか!」
「これこの通り、無事でしたわ。さすがに女の身でうろつくのはどうかと思って、一応狩衣の殿方の装いをしておりました。陰陽師は好きませんの、法師やら
「
「
「いやいや、賊と怪異や鬼は大分ちがうぞ」
なんでもないことのように娘が返す。
「わたしには似たようなものですわ。それにたまたま行き逢ったのではなく、鬼を探しての散歩で巡りあったのですから、目的達成です。なんの当てもなく
「な、な、」
男は口をパクパクさせる。
「なんのために、」
「
「一体またなぜ!?」
娘がにっこりする。
「だって父上お好きでしょう、極上の美女。お父様に差し上げたら喜ぶかしらと思いましたのよ」
男は見つけたものを自分に差し出す娘の幼い頃を思い出してじーんとした。
「お、お前……」
「長谷雄様は寝込まれたようですし、お父様も同じ目に
感動も束の間、軽やかに話される陰謀計画が自分に向けてのものであることに少々の動揺を覚える。
「ええ……、照や、お前考え方が少し過激に育ったのでは。父は別に、お前のことを、決して忘れたわけでは……」
取って付けたような嘘の言葉をふ、と鼻で笑って娘は話を続ける。
「それで鬼の現れそうなところを散策して探している折、井戸の底から泣き声が聞こえまして。
「いや、違ったろう!? 仲間ではなかったろう!? その女人は他に事情があったのだろう!?」
常識の牙城を守らんと騒ぐ父に、娘は多少むっとしたように頷いた。
「ええ、違いました残念ながら。なんでもつれなくしていた男に拐かされて井戸に投げ捨てられたのだとか。男って本当に
「わ、わたしは女人にそんな非道な行いをしたことはないぞ!」
つん、と娘が横を向く。
「別にお父様のことは言ってはおりませんわ」
「そうか……!?」
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