05話 "WORK-SUB"

「第122回、定期報告会を開始する」


 薄暗い船長室に低い声が響く。会に招集された面々はホログラム発生装置にその重苦しい表情を連ねていた。船長であるガエタンはというと、腕組みをして手元のモニターで資料を斜め読みしては、その太い人差し指の腹でテーブルをノックしている。白髪交じりの短髪、その彫りの深い眼光が長年の苦労を感じさせる。彼はふうっと長い息を吐いた後、沈黙を破って各署に報告を促した。

「では、はじめよう」


【航海長】「当艦コロネは今現在M型小惑星プシケ後方、相対距離700kmを維持。時速64000kmで航行中。近日点までは1ヶ月。その間に修正蛇が必要な小惑星接近は2回予測されています」


【採掘事業部長】「今の採掘場は予想通り含有率が高くないですよ。特にチタンが悪い。ライバルの"タンミ"に良い場所を押さえられたのがここにきて効いている。稼働率を上げるためにもう少しプシケに近づけないか。運搬船が行き帰りする時間を短縮したい」


【機関長】「好き勝っていってくれるが、コロネのおんぼろエンジンに細かな出力調整をさせるのは極力さけてもらいたい。ここ最近でノイズも増えているんだ。次回の定期修理まで待てないのか」


【安全管理室長】「商売の話も結構ですが、先月は作業船の事故が発生し若いのが1名死亡しているんですよ? 誰の指示だか知りませんが回収効率を上げようと破砕機に近づきすぎて、飛散した岩石がバルクキャリアの運転席に直撃したと聞いています。昨年デビューを済ませたばかりの新人がです。まずは安全管理を優先して――」


【採掘事業部長】「いやいや、そんな悠長な。この事業は統一政府の肝入りで産出量だって約束しているんだぞ」


 この巨大な舟の舵取りについて論争が繰り広げられている様子をガエタンは静かに見下ろしてした。腕組みをしたまま、再度ふうっと深い呼吸をする。

「警備部長、二週間前に発生した警備ロボットの暴走事件について報告せよ」

「ハッ」

 ホログラムには、30代後半の角刈り男性が映し出された。元軍人らしい肩幅のある体格で警備部のユニフォームである真っ白のジャケットを羽織っている。

「ご報告申し上げます。○月○日、ベニエ2にて警備ロボ1台が稼働中に制御不能状態になり、近くにいた同型の警備ロボに襲いかかったとう事象がありました。問題を起こした1台に加え同タイミングで出動した他の3台についても、同時間帯の活動ログと撮影動画が消え去っており、具体的に何が発生したのか目下不明であります」

「故障をした、ということか」

「いえ、同時に4台が故障するということは考えられません」

「ではハッキングか。このコロネ内に "害虫" が居る、ということだな」

「・・ハ。しかし、トマス医師の開発した"デビュー"は完璧なものであるはず。であれば――」

「調査を続行せよ。かつてベニエ1で発生した大気漏洩テロ "悪夢の日曜日" を再び起こしてはならん」





「今日はなんかないのか?ミンジュン」

 ベニエ1、管理棟の食堂に遅めの朝食を食べているミンジュンの姿があった。四角頭カケルが仕事の斡旋を無心するのは今回がはじめてではない。

「そんなに毎日あるわけないだろ」

「地球に帰るためにもっと稼ぎたいんだよな」

「連絡シャトルのチケット? 結構するぜ。たしか100万Gくらいだから並の月給3ヶ月分ってところだな。二人で乗るなら200万G」

「俺は見ためロボで人権がないからチケットは1人分でいいとして、見ためロボだから就職はできないしなー」

「ならお嬢ちゃんに働いてもらうしかねえな。といってもデビュー前だからおおやけには就業不可だ」

「公じゃなかったら?」

「お金を受け取ること自体は出来るんだから、なんか個人的な手伝いでもしてお小遣いもらったらいいんじゃね」

「肩叩き券を発行するとか? 高く買ってくれよなミンジュン」

「なにそれ。ふたりで勝手にヘンなこと決めてない?」

 最悪のタイミングでモネも食堂に入ってきた。

「プログラミングができたら個人的に雇ってやらんでもないけど最近だとAIの方が上手いしな」

「あたし機械だめ。触ると壊すから」

「確かに凶暴だけどそこまで怪力じゃないだろ」

「そうじゃなくって!触ると勝手に機械が壊れるんだよ子供のころから」

「なわけないだろ。壊してる自覚のないヤツはみんなそう言うの」

 むぅ。モネの頬はたまにリスみたいに膨れる。

「とにかく、お手伝い的なことをしてお駄賃をもらうことはできるってことだよな」

「お手伝いがんばる」

「なんでふたりしてそんな燃えてんだ」

「あたし地球に行ってネコをモフるんだー。だからぜったい行く」

「俺は地球でしか流通していないというイケメン人型ボディーになりたい」

「ふーん。なるほどね。ま、がんばって」

 ミンジュンは興味がなさそうな口調とは裏腹に、そのキツネみたいな目じりと口元をわずかに綻ばせた。



 カケルはモネを伴ってベニエ1からベニエ3まで歩いて渡る。通りにある街の電子掲示板では「4日後の昼時間に1時間だけ雨が降る」ことが告げられている。

「雨って、あの雨か?」

「うん、スプリンクラーの点検と、屋根上の掃除だって。半年に1回くらいはあるよ」

「ほーん」

 人工的なこの街に雨というのも不思議だけど、これだけの人が生活しているわけだからコロネの空気清浄システムにも限界があるということなんだろう。


 それにしても「お手伝いの駄賃で地球に帰る」というのは少々気が長い話になった。対してモネは来年の”デビュー”前にはコロネを出たいという。昔の地球だったら夏休みのバイトとしてガソリンスタンドとか飲食スタッフとか色々あったけど、どのみちモネの年齢ではできないしな。かといってこの街にはどんなお手伝いが必要なのか全然わからん。


 というわけで。


「というわけで。の "何でも屋さん" ですよー!」

 ベニエ3の繁華街に到着したふたり。さっそくカケルはそのアームで2m程度のを掴み上げる。管理棟にあった廃材とカラマリテにあったカーテンを改造して作った縦長の旗には「なんでも屋さん」と達筆で書いてある。もちろんカケルの直筆だ。


「なにが、"というわけで" なのよ」

「いいからいいから。とにかくどんな困り事があるのかわからないなら直接聞くしかないだろ」

「すっごく恥ずかしいんだけどこの布」

「旗な。かつてセンゴクダイミョウが使ってたのを参考にした」

「センゴクダイミョウって誰」

「しらん。地球の偉い人」

「そうなんだ?」


 夕方になれば人通りが増える通勤エレベーター前の広場。昼のあいだは遠目にちらちら見る人はいても、近寄ってくる人はいない。

 30分ほどして、モネが「足が疲れた」というのでカケルの平らな頭の上に座らせることに。このムスメ、ぜんぜん体力がない。なにか理由をつけて毎日歩かせないとだ。

「俺、今、前見えてないから、モネがちゃんとお客さん探せよな」

「わかってるって」

 たぶんわかってない。モネはカラマリテにあった紙の本が気に入ったのか比較的やさしい内容を選んでは読むようになった。今日も肩掛けバッグに入れて外に持ち出している。だからたぶんわかってない。

「なんの本読んでんの」

「ん? んー、"ユニバース25"。なんかネズミっていう小さい動物たちをユートピアに閉じ込めておいたら最後全滅したって話」

 静かになったと思えば、やっぱりヘンな本読んでた。

「お客がきたらきたで俺が直接喋るわけにいかないんだからな」

「わかってるってば。カケルうるさい」


 1時間ほどその場にいただろうか。

「いつまでここにいるの?もう帰ろ?」

 ほいきた。飽き性。

「はやいだろ。もう少ししたら夕方時間になるんだから、むしろこれからだろ」

「だれもこないし。やり方間違ってるんじゃない?」

「モネさん、あのねえーー」

 父親として一渇入れてやろうかと思ったその時だった。カケルの視界からモネが飛び退いて、かわりに中年の女性の姿が入ってくる。

「あの・・・」

「ハイ!」

「何でも屋さんって、なんでもやってくれるの?」

「あ、ハイ。――たぶんそうだと思います」

 カケルがモネの太ももを小突く。

「そっちのロボットさんも?」

「もちろんです!」元気よくモネが代返する。

「実は今から1週間分の食材を買いにいかなくちゃなんだけど、きのう右の手首を痛めてしまって。いっしょに行ってくれないかしら。買い物」


 よろこびの余り、モネは足の裏でカケルを蹴り、カケルはモネの足を小突いた。

「いきましょいきましょ!」

 足取り軽いモネの後ろ姿。さっきまでぶーたれていたのにゲンキンなものだ。とカケルは思った。

 しかし、そんな喜びも長くは続かなかった。ショッピングカートとカケルがドッキングして、指示された物をモネがカートに入れる。買い物を済ませるまでは順調だったが、その後が問題続きだった。なんとショッピングモールのあるベニエ3から女性の自宅のあるベニエ5までは道のり600mほどもあり、ふたりは買い物袋をひとつずつ持って歩いていくことになったのだ。

「あ、あの、ちょっと休憩して、いいですか」

 袋を引きずったりはしないが体力のないモネは息も絶え絶えだ。いわんこっちゃない。ここは俺がいいところを見せよう。後ろを気にしながら先行すると、道の段差に車輪を引っかけて見事に横転した。当然、アームに持っていた袋は強く地面に打ち付けられている。

「キンキュウジタイ発生。起き上がらせてクダサイ。キンキュウジタイ発生」

 手を痛めている女性と疲労困憊のモネに引っ張って起こしてもらう。

「あの・・・もういいわ。家までもう少しだから。時間ないし。はいコレ」

 約束の1000Gは払ってもらえたが、これでは迷惑の押し売りだ。


「失敗したな」

「うん」

 女性の後ろ姿を見送りながら、ない肩を落とす。

「次は体力がいらないような依頼を受けような」

「・・うん」



 元の営業場所に戻ると、意外なことに落ち込んでいる暇もなく次の声がかかった。

「家、近くなんだけど。少しのあいだ子供の相手をお願いできるかしら」

「はい喜んで!!」

「やったことある?」

「あたし孤児院オフィニナにいたので」

「そう」

 子供の世話くらいなら体力のないモネでも大丈夫だろう。なんか自信ありそうだし。女性宅に到着するまでは簡単に考えていたのだけど・・。ドアを開けるなり小さなお子ちゃまがふたり飛びかかってきた。

「おねえちゃんだれー?」

「ヘンなロボット!」

「じゃ、あとは頼みましたわたし奥の寝室で1時間ほど倒れるので起こさないでください」

 疲れ切った女性の顔を見て嫌な予感がしてきた。

「おねえちゃんこれみてー!」

「ちょっ、と服 引っ張らないでって!」

「ロボ進め進めーー!」

「ああ――ウん。オレロボ、前に進む」」

 ダルマ警備ロボのようになんだかわからないうちに取り囲まれて子供部屋に連れ去られる二人。そこからは手を変え品を変え翻弄してくる無尽蔵子供パワー。おそるべし。

「ちょっとそれぼくに貸して」

 慣れてきたのか男の子がカケルのアームに飛びついてぶら下がろうとする。

「こーら!あぶないからヤメロ!」

 つい強い手が出てしまったモネ。男の子の目にはみるみる涙が溢れて。

「ふぇあ。ふぇあ。おねえちゃんがおこったー」と泣き出してしまった。つられてもう一人の男の子も顔を赤くして涙に飲まれてしまう。結局カケルがあやそうとするがモネはバツが悪そうな顔でしばらく立ち尽くしていた。やがて泣き疲れたふたりのお子ちゃまはスヤスヤと眠ってしまったのだが。


「俺たち、むいてないなこういうの」

「――うん。よく考えたらあたし小さい子と遊ぶのそんなに得意じゃなかった」

「罪滅ぼしに、まだちょっと時間あるから散らかってる部屋かたづけようぜ」

 おもちゃや服は場所を決めて固めて、床にこぼした食べ物などを簡単に拭き掃除。なんとなくゴミっぽい紙くず、樹脂くずはすべて捨てた。それなりにすっきりさせたところで、1時間が経過したのか雇い主さんが奥の部屋から起きてくる。

「あー、ありがとう。片付けもしてくれちゃったんだ? でも物の位置は変えないでほしかったんだよねー探すの大変だからさー。ゴミもさ、この子らにとってはゴミじゃないこともあるからさ」

「あ・・ハイ」


 広場まで、来た道を戻る。

「余計なことしちゃったのかな」

「いや、今のは俺が悪かった」

「なんかうまくできないね。お金はもらえたけど」

 社会経験がないロボと孤児院あがりのムスメがやることなんだからそらしょうがないんだろうけど。それでも落ち込んでしまう。こんなんじゃ地球に帰るなんて到底無理で、この街でちゃんと暮らしていくことも難しいんじゃないかって思ってしまう。


そんなときだった。


「ちょっといいだろうか」

 長髪に眼鏡をかけた30歳前後の男が、道をとぼとぼと歩くカケルたちに声をかけてきた。

「お尋ねするが、持ってる旗って、"旗印"? 戦国時代の」

「たぶん? そうです」モネが曖昧に答える。

「ん!やっぱり!? いやー実際はじめて見た、きみがつくったの?しぶいね。しかも "何でも屋さん" って。なんでもやってくれるの?家事的なこと?」

 道ばたで棒立ちになっているこの3人は共通点もない、さぞ異質な集団に見えるだろう。

「いやーごめん、矢継ぎ早にいきなり話しかけて。でももし営業中ならウチにきてもらうことは? 部屋の掃除してほしいんだけど」

「・・んー、えっと」

 モネはチラッとカケルのほうを見る。たぶんはじめての男性客で躊躇しているのだろう。カケルはあえて機械音声に切り替えてAIロボのふりをすることにした。


< コロネ刑法第222条、性的侵害はすべテ性的攻撃とスル。まタ、未成年者に対スる―― >


「おいおい、待ってくれたまえよ。その掃除機バージョン古い?。僕は "デビュー" 済みだぞ。システム的にそんなこと出来るわけがないだろう」

「そう、なんですか?」

「そうだよ君はデビュー前か、じゃあ知らなくても無理はない。いや、知らない方がいいかもしれないな。とにかくそう、よからぬ心配は不要だ。そうだ名乗ってなかったな。僕はヤマネ・チヒロという。掃除はしてもらいながら戦国時代について熱く語り合おう」

 そっちが本当の狙いか? 嘘ではなさそうだが・・。

「時間1000G?安すぎるな。2000ではどう? 業務用の掃除機も連れているから、じゃあお礼は5000Gだそう! 僕も貧乏だ。これ以上はさすがに出せない」


 警戒心が解けたわけではなかった。しかしそれまでの落ち込みを帳消しにできるほどの大金にモネとカケルはお互いを見合わせて、そして頷いた。


「掃除ならとくい、です!」

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