第44話 静かなる火花、交差する眼光

ミヤシマ興産・南関東支社――二階。


白い蛍光灯の照明が、静寂の廊下に硬質な明かりを落としていた。


階段を駆け上がった誠と圭吾は、息を整える間もなく、その場に立ち止まった。


そこにいたのは、ふたり。


鬼塚仁。 影山鷹司。


空気が変わった。


殺気ではない。 怒気でもない。


ただ、そこに立っているだけで“異質”な存在感。


まるで、刃が空中に存在しているかのような錯覚。


鬼塚は、大きな体格に似合わず動きに一切の無駄がない男だった。


影山は、細身で整ったスーツ姿。 だがその目は冷たく、光を帯びていない。


「来たな、長谷川誠」


鬼塚が低く呟く。


誠は無言で歩みを進めた。


「お前と、こうして正面から向き合う日が来るとはな。 ……楽しみだ」


誠は、返事をしない。


ただ、真正面から鬼塚を睨んだ。


「……よぉ、影山。久しぶりだな」


圭吾が横から声をかけた。


影山は、目だけで圭吾を見た。


「三國の小僧か。……血は争えんな。 久々に、骨のある相手が来てくれた」


「俺は“親父”とは違うけどね。 ただ、今この瞬間……お前とは戦わなきゃならねぇ理由がある」


「理由? フ……くだらないな」


影山は肩をすくめた。


「戦う理由なんてな、必要ないんだよ。 そこに立っている相手を――黙らせればいい。 ……そう思わないか、鬼塚?」


鬼塚はにやりと笑った。


「その通りだ」


誠と鬼塚の視線がぶつかる。


ゴウン……という、ビルの換気音しか聞こえない。


誰も動かない。


だが、すでに“始まっていた”。


圭吾は影山を見据え、姿勢を落とす。


「誠さん、こっちは任せてください」


「……頼む」


誠は、目の前の鬼塚に一歩だけ踏み込んだ。


「鬼塚……ずいぶんとデカくなったな」


「お前が小さくなったんだよ、誠」


「……ああ、そうかもな。 だが、一度封じた拳を、もう一度振るう時ってのはな……一番、重てぇんだよ」


鬼塚の表情がわずかに引き締まる。


「つまり……今のてめぇは、昔よりも強ぇってことか」


誠は言葉を返さず、ゆっくりと上着を脱いだ。


スーツの下。


その身体は、年齢を感じさせないほど鍛えられていた。


鬼塚が、一歩踏み出す。


床が、わずかに軋む。


「昔の借りを、返させてもらうぜ……誠」


「借りなら、こっちにもある」


「はっ……そうだな」


隣では、圭吾と影山がすでに視線を交錯させていた。


「冷静だな、お前は」


影山が言う。


「感情を殺した目をしてる。 だが……その中に、何かがある」


「……当たり前だろ。 街を守るってのは、“冷たいまま”じゃできねぇんだよ」


「面白い」


影山がスーツのボタンを外し、ジャケットを脱ぐ。


その動作すらも静かで、洗練されていた。


「俺はね、“合理性”を信じている。 だから、負けるつもりはない。 俺は、勝てる勝負しかしない」


「悪いな。 俺は、“勝たなきゃいけない”戦いしかしてないんだ」


睨み合うふたり。


向かい合うふたり。


そして、誠と鬼塚。


その空間には、誰も入り込めなかった。


時間が止まったような張り詰めた空気。


「……始めようぜ、誠」


「……ああ」


鬼塚が、拳を握る。


圭吾が、呼吸を整える。


影山が、低く構える。


誠が、右足をわずかに後ろに引いた。


――次の瞬間。


床が鳴った。


鬼塚が踏み込む。


影山の目が細まる。


圭吾の体が揺れる。


誠の瞳が、静かに燃える。


ついに、戦いの火蓋が――落とされようとしていた。


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