第39話 嵐を迎える側の覚悟
ミヤシマ興産・南関東支社。
会議室の窓から差し込む光は冷たく、重苦しい空気が漂っていた。
佐伯雅仁は、デスクの上に置かれた資料をじっと見つめていた。
「三國圭吾が……長谷川誠の側についた、だと?」
報告した部下は、背筋を正したまま黙って頷いた。
「確認は取れてます。圭吾が誠と接触し、昨日未明、川沿いの空き地で手合わせをしていたとのことです」
「……あの三國の息子がな」
佐伯は椅子にもたれながら、ゆっくりと煙草に火をつけた。 白い煙が天井へ昇る。
「面倒なことになったな。あのガキ、格闘技のセンスは本物だ。誠の相棒に収まるには、悪くねぇ」
「どうしますか?迎撃体制を――」
「当然だ」
言葉を遮って、佐伯は立ち上がった。
「これまでの連中とは違う。リクの暴走族どもなんてのは、あくまで前座だった。 今度のふたりは、“潰すべき敵”として来る。 それも、最初から覚悟を決めた顔してな」
デスクの上の資料をバサリと閉じる。
「鬼塚、影山、呼べ」
「すでに待機中です」
「……上出来だ」
佐伯は窓の外を見やった。 ガラスの向こうには、淡い曇り空が広がっていた。
だが、その曇りの奥には、確実に“嵐”が近づいている。
「いいか。 奴らは、今日か明日には来る。 そして――こっちの構えを見透かしてでも、正面から踏み込んでくる」
「防衛ラインをどうしますか?」
「まず正面ロビーに人を集めすぎるな。 誠は圧を察知する。多すぎりゃ警戒して別ルートから来る。 だが、弱すぎりゃ簡単に抜かれる」
佐伯は指で空中に線を描くようにしながら話を続けた。
「配置は三階層。 一階エントランスは監視役を二人。 二階に実働部隊を控えさせる。 ……最上階には、俺と鬼塚、影山だけ。 奴らを“呼び込む”形にする」
「……罠のようなものですね」
「いや、違うな」
佐伯はニヤリと笑った。
「これは、あいつらへの“舞台”だ。 ……最後に拳を交わす、しっかり整った舞台ってわけだ」
部下が小さく息をのむ。 佐伯が戦う相手としてここまでの準備をしたのは、彼の知る限り初めてだった。
「そういえば……社長はどうなさいますか?」
「宮嶋社長には、あらかじめ“長谷川と話をつける”と報告済みだ。 あの人は、結果さえ出せば口は出さない」
「……了解です」
佐伯は椅子に戻り、再び煙草を口にくわえる。
「俺は、誠をずっと見てきた。 あの男は、戦う理由が“他人のため”に変わった時、一番強くなる。 だが、だからこそ――“一番隙もできる”」
「それを突くおつもりで?」
「……違ぇよ」
佐伯は笑った。
「俺が見たいのは、“長谷川誠の本気”だ。 かつて俺の前にいたあの背中。 ……もう一度、目の前で見せてもらうだけだ」
静寂が流れる。
そのとき、ドアの向こうにノックが響いた。
「鬼塚と影山、到着しました」
「通せ」
重たいドアが開かれ、鬼塚が無言で入ってくる。 影山も、静かにその隣に並んだ。
「……佐伯さん、準備は整ってます」
影山が言う。
「この一戦、面白くなりそうですね」
鬼塚は言葉を発さなかった。 だが、肩にかかる緊張が、すでに戦闘態勢であることを物語っていた。
「今夜が“最終幕”かもしれねぇ。 ……楽しもうじゃねぇか」
佐伯の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
その笑みは、かつて長谷川誠の背中を見上げていた“若き日の男”のものと、どこか重なっていた。
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