第38話 静と動の手合わせ

早朝。 薄曇りの空の下、人気のない川沿いの広場に、ふたりの男が向かい合って立っていた。


長谷川誠。 そして、三國圭吾。


空気は張り詰めていた。 だがそれは、敵意ではなく――信頼を測る緊張だった。


「本気でやってくれていいですよ」


圭吾が言う。 白いTシャツにジャージ姿。 構えは、低く安定していた。 総合格闘技を基礎にした、無駄のない実戦スタイル。


対する誠は、スーツの上着を脱いだだけ。 ノーガードに近い自然体。 だが、その一歩一歩には隙がなかった。


「お前、思ったよりも……落ち着いてるな」


「昔からこうなんです。 静かに燃えるタイプでして」


「それが……“親父譲り”ってわけか」


「それは、どうでしょうね」


笑いも皮肉もなく、淡々と答える圭吾。


誠は、右足を一歩引き、体の軸を落とした。


「じゃあ、いくぞ」


「お願いします」


風が吹いた。 その瞬間、誠の身体が一気に加速する。


ドッ!!


初手。 拳ではなく、踏み込み。 その速度に、圭吾の目が細まる。


「――速い」


だが、間一髪で体をひねり、誠の直線の突きを外す。 そしてすかさず足払いを仕掛ける。


誠はそれをジャンプで回避し、空中で反転。 着地と同時に体を捻り、今度は逆の掌底を放つ。


「くっ!」


圭吾は腕でガード。 鈍い音が響き、身体が一歩後ろへ押し戻された。


「……重い」


誠の攻撃には、単なる筋力だけではない“体重と重心”のすべてが乗っていた。


ふたりは一度距離を取った。


「なるほど。こりゃ、真正面からぶつかるのは得策じゃないですね」


「お前、冷静だな」


「よく言われます」


すぐさま、圭吾が動く。 今度は低い姿勢からのカーフキック。 誠の膝を狙う。


しかし、誠はそれを片足で受け流し、逆に肩を掴んで投げにかかる。


「うわっ――!」


圭吾の身体が宙を舞う。 だが、空中で体勢を入れ替え、着地と同時に肘打ちを放つ。


誠はギリギリでそれを避け、拳を逆方向に振り返す。 圭吾の顎ギリギリをかすめる。


「……はは、今のはヤバかった」


「お前、やっぱり出来るな」


ふたりは、互いに息を整えながら、少しだけ笑みを浮かべた。


「誠さんのスタイル、いわゆる“喧嘩殺法”ですよね。 型にはまらないけど、全部が理にかなってる」


「お前の動きは“理詰めの制圧”。だけど、感覚も悪くない」


次の瞬間、ふたりは再び動いた。


誠が左からのフェイント。 圭吾がそれを見切って下がるが、誠はそこへ回し蹴りを被せてくる。


圭吾はバックステップしつつ、掌底を胸へ。 誠が受け止めたところに、もう一発の肘打ちを流し込む――!


誠はそれを肩で受けてから、逆の足で膝蹴り。 圭吾は瞬時にブロックし、逆に足首を掴んで引き倒そうとする。


が、誠は倒れながらも肩を支点に地面を転がり、背後を取る。


「……っ!」


後ろを取られた圭吾は、肘を引いて牽制。 それを利用して誠が腕を極めようとする――が、すぐに手を離す。


「なるほど、詰めが甘いと逆に危ねぇな」


「ええ。僕も、まだまだです」


やがてふたりは、同時に間合いを取り、静かに息を吐いた。


汗が頬をつたう。 空気は冷たいのに、体は火照っていた。


「いい腕だ。お前がいてくれるなら、心強い」


「……光栄です、長谷川さん」


誠は少しだけ、目を細めた。


「呼び方、変えろ」


「え?」


「“誠さん”でいい。 ……どうせ、これから背中を預けるんだ。上下も、立場も関係ねぇ」


圭吾は一瞬驚いた表情を見せ、すぐに表情を引き締めた。


「……分かりました、誠さん」


ふたりは、軽く拳を合わせた。


その音は、小さく乾いていたが、確かな“信頼”を刻んでいた。


「行くか」


「ええ――始めましょう」


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