第34話 もう、止まらねぇ
ロビーの空気が、音を立てて張り詰める。
仲間たちの怒りの一撃をきっかけに、歯止めは完全に外れた。 殴られ、倒れ、返り血を浴びながらも、鬼塚仁はただひたすらに冷静だった。
その動きはまるで“戦いを知っている”男のそれだった。 一発一発に無駄がない。構えず、迷わず、躊躇わず。
一人、また一人とリクの仲間たちが床に倒れ、呻き声をあげる。
「……やめろ!! もうやめろって、みんな!!」
リクの声も届かない。
「邪魔すんなよ、リク!! あんなヤツにやられっぱなしなんて、我慢できねぇんだよ!!」
その叫びの中で、鬼塚が腕を振り払った。 その拳が、今度はリクのすぐ目の前へ――
ドッ!!
リクの身体が吹き飛び、背中から床に叩きつけられた。 一瞬、視界が白くなる。 だが、倒れた仲間の姿、影山の薄ら笑い、そして鬼塚の揺るがぬ姿が視界に焼きつく。
「……っ、う……」
リクは唇を噛みながら、ゆっくりと起き上がった。
「ようやく、当人が出てきたか」
鬼塚が、リクに向き直る。
その眼光には怒りも焦りもない。 ただ――戦士が敵を見極める時の、冷たい光があった。
「……もう、後戻りなんかできねぇんだよ」
リクは呟いた。 拳を握る。 ふらつく体勢を立て直し、真正面から鬼塚に向き直る。
「お前らがやってることに、俺たちが屈すると思ってんのかよ……! この街は、あんたらの遊び場じゃねぇんだよ!!」
鬼塚が一歩、静かに踏み出す。 床が、わずかに揺れたように錯覚する。
「じゃあ……証明してみせろよ、リーダーさんよ」
次の瞬間、鬼塚の拳が閃いた。
速い――。 だが、見えていた。 リクは咄嗟に頭を振り、肩で受け流す。
ズドッ!!
鈍い音と共に、背中まで衝撃が抜ける。 それでも、倒れない。
「まだ……だっ!!」
リクが拳を振る。
しかし、鬼塚は一瞬だけ体を沈めてその拳を躱すと、すかさず右ストレートを腹へ。
「ぐっ……!!」
膝が折れかける。 しかし、リクは倒れなかった。
床に手をつき、息を吐き、そして……再び立ち上がる。
「くそっ……まだ、やれる……!!」
鬼塚が、少しだけ目を細めた。
「なかなかしぶといな」
「……この街が、簡単に潰されると思うなよ!!」
リクは距離を詰める。 今度は重心を低くし、足払いからのタックルに切り替える。
鬼塚の足が少しだけ流れた。 リクはチャンスとばかりに肘を打ち込もうとするが――
「甘ぇ!!」
鬼塚の膝がリクの脇腹に食い込む。
そのまま両肩を掴まれ、ロビーの柱へと叩きつけられる。
ゴンッ!!
「うあっ……!」
その音に、倒れていた仲間たちが顔を上げる。
「リク……!」
「くっそ、立て……お前がやられたら、もう……!」
リクは血を吐きながらも、まだ拳を握っていた。 肩で息をしながら、鬼塚を見据える。
(負ける……そう思ったら、終わりだ) (俺が立ち上がらなきゃ、誰がこの街を……!)
再び前に出る。
鬼塚のパンチを紙一重でかわし、回り込む。
そして、体重を全部乗せて、拳を振り抜いた。
「うおおおおおおおっ!!!」
バギィィッ!!
その拳が、鬼塚の頬をかすめた。
一瞬、空気が止まる。
ロビーの天井の照明が、静かに揺れた。
鬼塚の顔が、横に振られる。
「……ほぉ」
その顔には、僅かな驚き。 そして……楽しげな、笑み。
「やっと、入ったか。悪くねぇぞ、リーダー」
リクは、そのまま崩れ落ちた。 全身の筋肉が悲鳴を上げている。 だが、満身創痍のその顔には、満足げな強さが滲んでいた。
「……これが、今の俺の全部だ」
鬼塚が、ゆっくりと腕を下ろす。
影山が歩み出てくる。
「……鬼塚、十分だ。今回はここまでにしておこう」
「チッ……もったいねぇが、仕方ねぇな」
鬼塚は背を向けながら、最後に一言だけリクに投げた。
「続きがやりてぇなら、もっと鍛えてこい。……街の“代表”なんだろ、お前は」
その言葉に、リクはゆっくりと頷いた。
「……ああ。次は、負けねぇ」
鬼塚と影山がロビーを去っていく中、リクは血を吐きながらも、仲間たちの前で、立ち上がっていた。
その背中には、“誠の背中”にも似た覚悟が、確かに宿っていた。
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