第32話 この街のために、走るだけ

夜の高架下。 街灯の明かりはまばらで、車通りもほとんどない静かな空間。だが、その静寂を破るように、一台、また一台とバイクの音が響き渡る。


ゴォォォ……バババ……


旧型のゼファー、KSR、CBX――かつてこの街をかっ飛ばしていたバイクたちが、再びその音を鳴らして集まってきた。


その中心に、リクがいた。 無言でバイクのタンクに寄りかかりながら、集まってくる仲間たちを順に見つめていく。


「……全員、来たか」


「タケル、マサ、ゴン、シュン……」


昔のチームメンバー。 中には就職して会社員になったやつ、家庭を持って子どもが生まれたやつもいた。 だが今夜だけは、全員が“あの頃”の姿に戻っていた。


革ジャンに手袋、ヘルメットのバイザーを下ろしているやつもいれば、顔を晒したままのやつもいた。


「集まってくれて、ありがとな」


リクが言うと、マサが笑った。


「お前が呼ぶなら来るよ。あの誠って人の話、聞いたときからずっとムズムズしてたんだ」


「俺たちももう“大人”だしよ、喧嘩はご法度って思ってたけど……」


「でもさ、ケジメは必要だろ」


リクは静かに頷いた。


「今日は殴り合いをしに行くんじゃねぇ。……“示し”をつけに行く」 「誠さんが背負ってるもの、少しでも軽くしてやるために」 「街を守るために、俺たちが動くってことを……見せつけに行く」


誰も言葉を返さなかった。 だが、その瞳に宿る光がすべてを語っていた。


「行こう」


リクがバイクにまたがる。 仲間たちが次々にエンジンをかける。


ゴオオオオ……!


爆音が闇を切り裂く。


高架下から、暴走族の一団が再び走り出した。


だが、今回は“壊す”ためではない。 “守る”ために走るのだ。



---


ミヤシマ興産・南関東支社ビル。


時刻は午後10時過ぎ。 オフィス街はほとんどのビルが消灯していたが、このビルだけは例外だった。


まだいくつかの窓に灯りがあり、ロビーには数名の私服社員と警備員が詰めていた。


その静寂を――


バラバラバラバラバラッ!!!


突如、10数台のバイクが連なって現れた。


明らかに“ただ者ではない”その気配に、警備員たちがざわつく。


「な、なんだあいつら……?」


エンジン音がビルの壁に反響する。 ヘッドライトの光が、まっすぐとロビーのガラスを照らしていた。


一斉にエンジンが止まる。


キィ……ン……と、音が消えた瞬間、 地響きのような沈黙がビルを包み込む。


そして、先頭から歩み出たのはリクだった。


革ジャンのジッパーを上げ、まっすぐにロビーへ向かう。


「ちょ、ちょっと君たち、ここは関係者以外――」


警備員が立ちはだかる。


だがリクは、目線を逸らさずに言った。


「関係ある。……この街を守るために来た」


その一言に、警備員が一歩下がる。


社員の一人が電話をかける。 「部長、変なのが……いえ、暴走族です。今すぐロビーに……」


仲間たちも次々に降車し、リクの後ろに並ぶ。 誰も叫ばない。 暴れない。


ただ、“意志のある沈黙”で、その場に立っていた。


不穏な空気が支社ビルのロビーを満たしていく。


数分後。


奥のエレベーターが開き、黒い影がゆっくりと現れる。


――鬼塚仁。


その背後には、細身のスーツを纏った影山鷹司の姿もあった。


緊張感が、ついに臨界点へと近づいていく。


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