第31話 熱の行き場
スナック『しずく』の店内は、まだ営業前の静けさに包まれていた。 カウンター席にぽつんと座るリクの前には、半分氷が溶けかけたアイスコーヒー。指先でコップの表面をなぞりながら、リクはじっと天井の灯りを見つめていた。
「……っす、か」
ぼそりと呟いた声は、自分自身にも届いていなかった。
誠が動き始めて、もう何日が経っただろう。
朝早くから出かけ、夜遅くまで帰ってこない。 地権者をまわって土地の買い戻しを申し出ているが、その大半は断られていた。 誠はそれでも毎日、着実に動き続けている。 言い訳もしない。泣き言も言わない。苛立ちすら見せない。
……それが、逆に苦しかった。
「俺、何してんだよ……」
ポツリと、口に出していた。
誠が、あの時リクを一撃で倒したときのことを思い出す。
あの拳は痛みじゃなくて、目を覚まさせてくれた。 自分が何を背負って、どこへ向かうべきか。 それを教えてくれた。
でも今、自分は……また置いていかれてる。 いや、勝手に立ち止まってる。
「俺は……誠さんの背中、ただ見てるだけかよ……」
テーブルの下で、リクの拳が震えていた。
あの人が、どれだけの覚悟で動いてるか。 どれだけの重みを、一人で背負っているか。 その全部が分かるからこそ――悔しかった。
昔、自分がこの街で好き勝手やってた頃のことを思い出す。 車を改造して乗り回し、商店街の壁に落書きして、住民に怒鳴られて。 全部、壊してきた。
でも、今は違う。 守りたいって思った。 スナック『しずく』で食べたあの温かいご飯。 笑い合ってる商店街の人たち。 そして、何より――誠という背中。
「……だからこそ、今度は俺がやる」
リクは立ち上がった。 スツールがガタンと鳴る。 その音に、奥からママの淳子が顔を覗かせた。
「どうしたの、リク?」
「すみません、ママ。……俺、動きます」
「……?」
リクはそれ以上何も言わず、店を出た。 空はすでに暮れ始めている。 でも、その冷えた空気すら、今の自分にはちょうどよかった。
スマホを取り出す。 暴走族時代のグループチャット。 通知はもう何ヶ月も前から止まっていた。
だが、今こそ使うときだった。
『誠さんのやり方は正しい。だけど、それだけじゃ間に合わねぇ』 『俺たちで、動く。俺たちが、街を守る』 『明日の夜、いつもの高架下。全員集合だ』
数分後。
「了解」 「やっと来たか、その言葉」 「一発、ぶちかますか」
かつての仲間たちが、次々に反応を返してくる。
あの頃とは違う。 今の自分たちは、ただの暴走集団じゃない。 “何かを守るために、拳を握る”存在だ。
リクの瞳は、すでに夜を睨んでいた。 その目に、もう迷いはなかった。
「……行こうぜ、みんな」
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