第21話 火を灯すために

薄曇りの空の下、誠はウッシーの店――

裏通りにある小さな輸入雑貨屋の扉を押した。


店内にはジャズが流れ、古びた革の匂いが漂っている。

棚には怪しい壺やライター、何に使うかよくわからない小物が並んでいた。


「……いらっしゃい」


奥のカウンターから、ウッシーが顔を出した。

相変わらずのサングラスに、気だるげな笑み。


「お前が昼間に来るなんて珍しいな。

 もしかして、また店のタバコの火でも貸してほしいってか?」


誠は言葉を返さず、カウンターの前に立った。


「――“しずく”がやられた」


その一言で、空気が変わった。


ウッシーの笑みがすっと消え、ゆっくりとサングラスを外す。


「……詳しく聞こうか」


誠は短く事情を語った。

無言で現れた二人組、無言の暴力、冷静すぎる態度。

淳子の証言――大柄な無口の男と、丁寧な口調の細身の男。


「……鬼塚と、影山だと思う」


ウッシーが低くうなった。


「……あの名前、久々に聞いたな。

 まさか、生きてたとは思わなかった」


誠はポケットから煙草を取り出し、一本咥える。

だが火をつけず、ただ黙っていた。


「――調べてくれ。

 あいつらがどこにいるのか、誰と繋がってるのか。

 ……全部、洗ってほしい」


ウッシーはしばらく黙った後、ボトルからウイスキーを一杯だけ注ぎ、カウンターの上に置いた。


「……誠、お前、今の言葉。

 本気で言ってるか?」


誠は目を伏せたまま、短く頷いた。


「昔の借りを、返しに来たんじゃねぇ。

 今、目の前で壊されたもんがあって……

 それを放っとけねぇだけだ」


ウッシーはふっと笑った。

だがその目は、少しだけ寂しそうだった。


「……あの頃みてぇだな。

 お前がまた“背中”で喧嘩を始めるなんて思ってなかったよ」


「……背中しか見せられねぇんだよ、俺には」


誠が静かに答えると、ウッシーはグラスをひと口煽り、

カウンターの下から分厚い古いノートを取り出した。


「よし。情報屋には連絡しとく。

 ただし――下手に手ぇ出すなよ。

 相手は“あの”鬼塚と影山だ。油断すんな」


誠は無言で立ち上がる。


出口に向かう背中に、ウッシーが小さく呼びかける。


「誠。……今度は、誰かを“守るために”やってるんだろ?」


誠は、ほんの少しだけ振り返った。

口元だけが動いた。


「……あぁ。もう、壊されたくねぇからな」


そして、扉を開けた。


冷たい風が、誠の背中を押していた。

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