第18話 呼び声

地下駐車場の最奥。

照明が切れかけているその場所には、妙な静寂が漂っていた。

乾いた空気と油の匂いが入り混じるその空間に、二人の男が立っていた。


ひとりは――鬼塚 仁。

無言のまま、壁にもたれかかっている。

レザージャケットの裾を揺らし、眉間には深い皺。

言葉はいらない、という空気をまとっていた。


その隣には、黒いロングコートの影山 鷹司。

手袋を外して指先を軽く鳴らしながら、目元にわずかな笑みを浮かべていた。

その笑みには温度がなかった。ただ、状況を見下ろすような冷静さだけがあった。


足音が響いた。

佐伯 雅仁がゆっくりと姿を現す。

ネイビーのスーツをぴたりと着こなし、姿勢は一分の乱れもない。


「……来てくれてありがとう。久しいな、鬼塚。影山」


鬼塚は返事をしなかった。

動くのは、わずかに視線を向けた程度。

代わりに影山が一歩前に出て、口を開いた。


「こうして“俺たち”に声をかけるってことは、随分と物騒な風が吹いてるってことですね」


佐伯は頷いた。


「長谷川誠が動き出した。街の空気が変わりはじめている」


影山の目が細くなる。


「……やはり、あの男ですか」


「暴走族を従え、地元の商店街の支持も得ている。

 しかも、リクを倒した。片手で――たった一撃で、だ」


鬼塚がわずかに顎を上げる。


「らしいな。……あいつは、そういうヤツだ」


影山が横目で見やりながら、口元を歪める。


「“背中で語る”だの、“殴らずに止める”だの――理想を気取るには、似合いすぎる男でしたね」


佐伯は言葉を挟まず、静かに続けた。


「私にとっては、放っておくわけにはいかない存在だ。

 だから――君たちを呼んだ」


影山は笑みを消し、冷えた声音で問いかける。


「……“潰してほしい”という理解で、いいんですか?」


佐伯は、わずかに頷く。


「ただの処理ではない。

 奴は、街にとって“光”になりつつある。

 だから、完全に消えてもらう」


鬼塚がポケットから煙草を取り出し、火をつける。

煙を一息吸い込みながら、ぼそりと呟く。


「誠の“光”が強くなりすぎたら、俺たちみたいな“影”が動く番か」


影山がくすりと笑う。


「仁さんは、言葉じゃなく拳で話す人ですからね。

 ……ちょうど相手にはぴったりでしょう」


佐伯が歩み寄り、ふたりを正面に見据える。


「……動いてくれ。

 あの男に、“語る背中”なんて二度と見せられないように」


鬼塚は煙を吐き出し、ゆっくりと前を向く。


「……あいつの背中は、昔から気に入らなかった」


影山が手袋をはめ直す。


「じゃあ、そろそろ“潰しに”いきますか。静かに、確実に」


二人が歩き出す。

無言のまま、だが空気は確実に変わっていた。


その背中を見送りながら、佐伯は静かに呟いた。


「さあ、長谷川。

 ――この“二人”が、今度こそお前を過去に引きずり戻す」

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