第17話 俺の決めた道

昼下がり。

都内の再開発オフィスの一室。

遮光ガラスの向こうに、工事中の更地が広がっている。


部屋の空気は冷えすぎていて、まるで誰の感情も通さないような静けさが漂っていた。


佐伯 雅仁はデスクに座り、書類に目を落としていた。

そこにノックもせず、男が入ってくる。


革ジャン姿、鋭い目つきの若者。

蓮見リクだった。


佐伯は顔を上げる。

だが、まったく驚いていなかった。


「……来たか。

 君が自分の足でここに現れる日も、そう遠くはないと思っていたよ」


「……俺はもう、あんたの下で動く気はねぇ」


リクは真正面に立ち、はっきりとそう言った。


「昨日、長谷川誠とタイマンを張った。

 負けた。完膚なきまでにな」


佐伯の表情は変わらない。

書類に挟んだクリップを指でいじるだけ。


「……それで?」


「わかったんだ。俺はずっと、強さだけが価値だと思ってた。

 でも、あいつの強さは……違った。

 あんな人間に、本気で殴られて、やっとわかったよ」


リクの声は震えていなかった。

迷いのない、芯のある声だった。


「もう、あんたのやり方には付き合わねぇ。

 嫌がらせも終わりにする。

 俺たちは――長谷川誠の味方につく」


その言葉に、佐伯が初めて動きを止めた。

ほんのわずかに視線が鋭くなる。


「……“俺たち”?」


「爆音連合だよ。

 俺の仲間も、みんなあいつの背中を見て変わった。

 だったら、次は――その背中を支える番だろ」


佐伯は沈黙する。


その静寂が、かえって重くのしかかる。


やがて、佐伯は椅子に背を預け、目を細めた。


「そうか……。

 君は、自分の意志で道を選んだわけだ」


「そうだよ」


「……なら、もう後戻りはできないぞ」


「覚悟はできてる」


リクはそのまま、振り返ってドアを開けた。

一歩、外に出る。


その背中を見送りながら、佐伯は小さく呟いた。


「誠の“影響力”……思っていたより、早かったな」


そして、内線電話に手を伸ばした。


「……準備を進めてくれ。“二人”に連絡を。

 鬼塚と、影山だ」



---


その日の夜。

廃倉庫の前に、バイクの列が並んでいた。


爆音連合の面々が、集まっていた。

その中心に立つのはリク。


いつもの革ジャンに、無駄のない眼差し。

背筋が、自然と伸びていた。


「……みんな、聞いてくれ。

 もう、ミヤシマの下で暴れるのは終わりだ」


ざわつく声が、すぐに静まる。


「昨日、俺は長谷川誠とぶつかった。

 今までで一番、強くて……一番、悔しくて、

 でも――一番、心が震えた」


仲間たちの目が、リクに向けられる。


「俺は、あの人みたいになりたい。

 拳を信じても、背中で語れる――そんな人間になりたい」


そして、真っ直ぐに言い切った。


「だから俺たちはこれから、長谷川誠の味方になる。

 あいつの背中に、並ぶために」


一拍の沈黙のあと――


「……俺、あの人見て変わったかもしんねぇ」

「ぶっちゃけ、俺も……あんな風に強くなりてぇわ」

「誠さんってさ、なんか……“守るため”に立ってる感じ、したよな」

「リクさんがそう言うなら、ついてくっしょ!」


次々と声が上がる。


リクはその声を、黙って受け止めていた。


仲間たちの中に、確かに“新しい空気”が生まれていた。


それは、暴走じゃない。

誰かのために走る――本当の“道”だった。

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