第16話 想定内

車の中。

エンジンは止まっている。

窓の外には川沿いの倉庫――先程まで騒がしかった場所。


スーツ姿の男が、静かにスマホを耳に当てていた。

佐伯の部下だ。無表情。ノイズ一つない声で言う。


「……リク、やられました。長谷川誠の一撃。反撃の余地なし。

 暴走族側、混乱しています。今のところ、誠への敵対行動は見られません」


電話の向こうからは、短く、吐息のような間。

やがて、佐伯の落ち着いた声が返る。


『……想定内だよ』


部下がわずかに眉を動かす。


「では、どうなさいますか?」


佐伯はすぐに答えなかった。

車内に、わずかな間が流れる。


そして――低く静かに、こう続けた。


『まだまだ“切り札”はあるさ』


通話が切れる。

ディスプレイの光が消えると同時に、車内に完全な静寂が戻った。


川の向こう、夜の中で――

誠という男が、確かに“風向き”を変えた。


佐伯は、その風を――読んでいる。

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