第15話 ちっぽけだった
……立てねぇ。
体が重いわけじゃない。
でも、もう立てなかった。
拳に込めたものも、誇りも、全部――打ち砕かれた。
あんたの一撃で。
拳でしか、自分の価値を測れなかった。
拳が通らなきゃ、誰にも届かないと思ってた。
ずっと、そうやって生きてきた。
けど――
全部、間違ってたんじゃねぇかって、今は思う。
ふと、足音が近づいてくる。
……誠だ。
俺を倒した男が、まだここにいる。
逃げなかった。
見下さなかった。
とどめを刺すわけでもなく――ただ、そこに立っていた。
そのまま、すぐ隣で足を止めた。
言葉はなかった。
だけど、空気が変わったのがわかった。
やがて、誠がゆっくりと、口を開いた。
「……強さってのはな、手に入れるまでは眩しく見える。
でも、手に入れてからが、きついんだ」
「誰かより強いってだけで、重てぇもんを背負うようになる。
守らなきゃならねぇ奴ができる。
恐れられて、距離を置かれて、
……誰にも近づけなくなる」
誠の声は、まっすぐだった。
どこか遠くを見てるような、過去を語るような声音だった。
「俺もそうだった。
拳だけが頼りだった。
どれだけ殴っても、どれだけ勝っても――
……心が空っぽだった」
「でもな」
誠は少しだけ、声のトーンを落とした。
「ある日、気づいたんだ。
拳ってのは、誰かを黙らせるためにあるんじゃねぇ。
誰かを守るためにあるんだって」
「それに気づけた時、やっと――“俺は俺でいい”って思えた」
リクの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
自分が一番ほしかった言葉を、
この男は、自分に向けて言ってくれた気がした。
誠は続ける。
「お前が、今までどれだけ戦ってきたか……
拳でしか、生き方を語れなかったか……
それは、もう見りゃわかる」
「だから――」
誠が視線を落とす。
リクと、目が合った。
その目は、強くて、優しかった。
「いつか、お前の拳が“守るため”に動いた時、
その時こそ――お前は、ほんとの意味で強くなる」
「……それだけだ」
言い終えた誠は、もう何も言わず、
ゆっくりと背を向けて歩き出した。
足音が遠ざかる。
もう振り返らない。
けれど、リクにはわかっていた。
あの背中は――
まっすぐに、誰かを“信じて”歩いていく背中だった。
拳で誰かをねじ伏せるのとは違う。
恐怖じゃなく、希望を残していく背中だった。
リクは、静かに目を閉じた。
心の中で、小さく呟いた。
「……あんたみてぇになりてぇって、
今なら……素直に、そう思う」
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