第14話 一撃だけで、充分だ

膝をついたまま、リクは拳を握っていた。


仲間の足音が止まり、倉庫の中に沈黙が満ちていく。

誰も言葉を発せず、誠はただ静かにその場に立っていた。


でも――

リクの中だけは、嵐が吹き荒れていた。


* * *


「強くなれ」

それが、ずっと頭の中にあった言葉だった。


家は壊れていた。

親は“問題を起こすな”としか言わなかった。

先生は「期待してる」じゃなく、「厄介にならないでくれ」と言った。


誰も、俺を“存在”として見なかった。

ただ、黙っていて、暴れないで、波風を立てなければそれでよかった。


でも、俺は――

それに耐えられなかった。


だから俺は、ケンカで勝った。

他人を黙らせる力を手に入れた。

“最強”と呼ばれるようになって、初めて――誰かに見てもらえた気がした。


強さだけが、俺の存在意義だった。


だから、なのに。


なんで――

この男は。


「……片手で、全部止めやがって……」


悔しかった。

惨めだった。


だけど――それ以上に、

あの背中が、胸の奥に突き刺さっていた。


リクは顔を上げる。

立ち上がる。

血が滲む拳を握りしめながら、唇を噛み締める。


そして、叫んだ。


「ふざけんなよ……!

なぁ、誠……あんたは本気でやってねぇだろ!!」


誠は目を細めたまま動かない。


「俺はずっと、強さだけで生きてきたんだ……!

それがなかったら、俺には――何も残んねぇんだよ!!」


拳を振り上げる。


「だったらせめて……!

本気で来いよ!!

俺を、壊してでも、証明してくれよ!!

“強さ”だけじゃねぇって、そう言いてぇなら――!」


倉庫の空気が、ぴんと張り詰めた。


誠はゆっくりと、右足を一歩踏み出す。

左手をポケットから出し、初めて構えを取る。


それは、まるで――刀を抜く前の静けさだった。


静かに、こう呟いた。


「……わかった。

お前がそこまで言うなら――受けてやるよ」


リクが踏み込んだ。


叫びと共に、拳を振り抜く。

最後の一撃。

命を懸けた全ての力。


その瞬間。


誠の拳が、前に出た。


小さな動作。

だが、全てが込められていた。


一閃。

風の音。


リクの身体が、浮いた。


背中から地面に倒れ込み――

二度と、立ち上がることはなかった。


倉庫に、息を飲む音だけが残った。


誠は、一歩だけ進み――リクの前で立ち止まる。


リクは、床に横たわったまま、微かに笑った。


「……くっそ……あんた、マジで……バケモンだな」


誠は何も言わなかった。

ただ、静かに背を向け――倉庫の出口へと歩き出した。


誰も、もう追わなかった。


一撃だけで、充分だった。

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