第12話 背中と眼差し

夜風が、少し冷たくなってきた。


川沿いの道を、誠はひとり歩いていた。

コツ、コツ、と革靴の音がアスファルトに響く。


ネオンの灯りは遠く、足元の街灯がかろうじて道を照らしている。


前を見ている。

でも、目の奥では“過去”と“今”が交差していた。


「……殴るより、歩くほうが疲れるもんだな」


冗談ともつかない言葉をひとつこぼし、

袖をまくり、サングラスをポケットにしまう。


廃倉庫まで、あと少し。

背筋を伸ばしながら、誠は言葉を噛みしめるように呟いた。


「見せてやるよ――俺の背中をな」



---


【蓮見 陸】


廃倉庫の中では、誰もが落ち着かなかった。


ヤマトはずっとスマホをいじっていたが、手は止まっていた。

他の連中もソワソワとタバコに火をつけては、火種を無駄に燃やしている。


リクは椅子に座っていた。

脚を組み、腕を組み、目を閉じていた。


「……来るのかよ、ホントに」


そう呟いたのは、誰かが漏らした言葉。

リクは答えなかった。


だけど心の奥では、何かがざわついていた。


――殴らなかった男。

――電話一本で堂々と“やめろ”と言った男。

――街の人間に、“本物”だと囁かれている男。


「あの人、殴らなくても怖かった」

「見てただけで……なんか、逃げらんねぇって思った」

仲間のそんな声が、心のどこかに刺さっていた。


「……何なんだよ、ジジイ」


リクはゆっくりと目を開け、立ち上がった。



---


【長谷川 誠】


倉庫の前に立つ。

さびついた鉄扉。貼り付けられた落書き。

どれもが、この街の“現在地”を語っている。


誠は一度、息を吐き出す。

そして、拳ではなく――手のひらで、扉を押した。


ギィ――と重たい音を立てて、扉が開く。


一歩。

また一歩。

誠は、倉庫の奥へと進んでいく。



---


【蓮見 陸】


扉の開く音に、空気が変わった。

誰もが動きを止める。

中に入ってきた男を見た瞬間、全員が――息を呑んだ。


スーツ。無精髭。

鋭くも穏やかな眼差し。

そして、圧倒的な“重み”。


リクは一歩前に出た。

無言のまま、誠と視線を交わす。


誠は、何も言わない。

ただ、真正面から見つめる。


リクも、言葉を飲み込んだ。

この瞬間、舌よりも先に――心が動いたから。


そしてそのまま、夜の空気に溶けていく静寂の中で、

二人の“覚悟”だけが、確かに火花を散らした。

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