第11話 静かな決意

夜の街は、昼間とはまるで違う顔をしていた。

賑やかだったはずの商店街も、今はすっかり静まり返っている。

シャッターには落書き、店先には踏みつぶされた植木鉢。

人影はなく、代わりに風がゴミを転がしていく音だけが残っていた。


誠は、手ぶらで歩いていた。

サングラスは外し、煙草も持たず、ただゆっくりと街の路地を歩く。


「……変わっちまったな、この街も」


口にした声は小さく、風に溶けていった。

かつては子供たちが自転車で走り回っていた通り。

今は深夜に暴走族が走り回る。


古い食堂の前で足を止める。

もう閉まって久しい。暖簾はすでに色褪せていた。


「……よくここでラーメン食ってたな、あいつらと」


ぼそっと呟く。

あいつら――昔の仲間たち。

もう今は、誰もいない。


視線を落とすと、足元に踏みつけられた煙草の箱。

誰かが無造作に捨てたものだ。


誠はそれを拾い、近くのゴミ箱に入れる。

そんな小さな動作が、やけに重く感じた。


* * *


少し歩くと、小さな公園があった。

街灯の下に、ブランコがひとつ揺れている。


誰もいないのに、風だけがそれを押していた。


誠はベンチに腰を下ろす。

昔――この公園で、娘と遊んだことを思い出す。


「パパ、押してー!」

「もっと高く、もっと高くってばー!」


その声は、もう聞こえない。

でも、耳の奥には確かに残っていた。


静かに目を閉じる。

胸の奥が、じわりと痛んだ。


「……守れなかったんだよな、俺」


今でもふと思う。

あの日、違う選択をしていれば。

組を早く抜けていれば。

家族と、もっとちゃんと向き合っていれば――


でももう、過去は戻らない。

だからこそ、今は――


「これ以上、失わせねぇ」


ぽつりと呟く。

それは、誓いのような、祈りのような声だった。


* * *


時計を見る。

もうすぐ日付が変わる。


誠は立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。


向かう先は決まっている。

川沿いの廃倉庫。

暴走族のたまり場。

そして――かつての自分を、重ねて見てしまう“リク”という少年の元へ。


手を出すつもりはない。

でも、言葉だけでもない。


「俺の背中を、見せてやる」


そう呟いた声に、決意が宿っていた。


風が吹いた。

誠の背中が、それをまっすぐ受けていた。


誰も見ていない夜の街で、

ひとつの覚悟が、静かに歩き出した。

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