第7話 火のつけ方が、安すぎる

「最近、この辺り……やたら夜が騒がしいんだよ」


八百屋のオヤジが、渋い顔で言った。

朝の仕入れ帰り、誠は声をかけられて立ち止まる。


「昨日なんて、うちのシャッターにスプレーで“死ね”だの“立ち退け”だの……

まるで昔の地上げ屋だよ」


誠は眉をひそめた。

無意味に荒らすだけの嫌がらせ。

それはただの脅しじゃない――“警告”だ。


「相手は……?」


「見た感じ、若い。ガキだな。夜中にバイクで騒いで、コンビニ前にたむろしてる連中さ。

あの“爆音連合”ってやつら」


爆音連合――地元の高校生を中心に組まれた、しがない暴走族。

もともと規模は小さいが、最近になって急に台数が増え、やたらと活動的になっているという噂だった。


誠は、直感的にピンときた。


「……誰かが、そいつら使ってるな」


店主は首を傾げる。


「でもなんであんな子どもたちを……?」


「直接やると証拠が残る。

ガキなら逮捕されてもすぐ出られる。しかも地元で、地元の商店を荒らせば――

町の人間の信頼が崩れる」


「……そんな発想、普通じゃ出ないぜ」


「普通じゃねぇ奴が、今この街を見下ろしてるってこった」


誠は煙草をくわえ、火をつけなかった。

代わりに、名刺を一枚ポケットから取り出して睨む。


佐伯 雅仁――ミヤシマ興産。


* * *


夜、誠は『しずく』にいた。

テレビを消し、静かな空間にひとり、椅子を回して窓の外を見ていた。


――バリバリバリバリ!


どこか遠くから、バイクの爆音が近づいてくる。


数台のヘッドライトが通り過ぎ、街を小馬鹿にするように笑い声が響く。


その中のひとりが、誠の目に止まった。

赤いメット、汚れた学ラン。バットを背負い、コンビニ袋をぶら下げていた。


「……火のつけ方が、安すぎる」


呟いた声は低く、静かだった。


だがその眼差しは、確かに熱を帯びていた。


* * *


後日、八百屋のシャッターは再び破られた。

雑貨屋の前に、火のついた爆竹が投げ込まれた。

町の空気が、少しずつ、確実に“変わり始めていた”。


誠はまだ動かない。

だが、その足は、すでに地を踏みしめていた。


嵐の前に、静かに息を整えるように――。

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